2 この世の人々の生活や考え方をまねてはいけません。むしろ、神に喜ばれることは何かを思いながら、なすこと考えることすべての面で生き生きとした、全く新しい人となりなさい。(ローマ人への手紙12:2 JCB)
使徒パウロは、ローマにいるユダヤ人と異邦人のクリスチャンに向けて手紙を書いています。 彼はこれまで何度も彼らを訪ねようとしましたが、叶いませんでした。彼の計画は、ローマを訪れ、福音を宣べ伝え、その後、引き続きスペインに福音を届けることです。クリスチャンたちは、ローマにあるいくつかの家の教会に集まっています。福音を聞き、イエスの教えに従って彼らの人生が大きく変わっても、街の環境は変わっていません。モーセの律法の儀式や生け贄、偶像崇拝の習慣の中で生活しているのです。
パウロは新しい信者に、もう周りの文化に合わせないよう助言しています。心を新たにすることで、生まれ変わるよう強く勧めているのです。キリストによって新しくされた心によって、信者の思考、ふるまい、行動、動機は清くなります。古い考えを捨て、聖霊に心を開くことによって、何が良いことで、神に受け入れられることかを見分けるようになり、非難はせず、無条件に他人を愛し、自分より彼らに尽くすことができるようになります。
パウロは単に比喩的表現を使っただけなのか、それとも本当に心を「新しく」することは可能なのでしょうか?かつて、脳のネットワークは加齢とともに固定化されると信じられていました。しかし、過去20年の膨大な研究により、脳は決して変化を止めることはなく、順応していることが明らかになりました。神は、人間を「変化しない脳」でお創りになったのではありません。脳には神経可塑性という、新しい経路を作り出して再編成する能力があるのです。神経可塑性(neuroplasticity)という言葉は、2つの語源からきています。“neuron”(この場合は脳の神経細胞)と“plastic”(可塑)です。可塑とは、物を形作ったり、部分的に変更することを意味します。
神経可塑性とは、私たちの人生経験や学習が、脳の神経経路をどのように変化させるかを説明するものです。新しいことを学んだり、新しい情報を記憶したりすると、脳内で長期にわたってその機能に変化が起こります。通常の脳の発達過程では、子供の脳が最初に感覚情報を処理し始めると、発達脳の可塑性及び学習と記憶の可塑性として知られるプロセスが始まります。
脳卒中や外傷後に脳が修復する時、損傷を受けたにもかかわらず、脳は最大限の機能を発揮できるように適応していくのです。損傷部位の周囲の脳細胞が、その機能と形状を変化させ、損傷した細胞の機能を受け継ぐことができるようになります。下の写真を見て、神経細胞の構造や配置が、神経可塑性によって脳の損傷を元に戻すことができるのか、想像力を働かせて考えてみてください。

体のすべての細胞は、血液によって運ばれる酸素と栄養を必要としています。脳に血液を供給する大動脈が閉塞または切断されると、細胞死が起こります。 患者には、損傷した部位が制御するもの:言語、平衡感覚、論理的思考、運動、等の損失や変化がおこります。右脳の損傷は左半身の筋肉制御に影響を与え、その逆も同様です。

脳が損傷を受けると、患者はしばしば昏睡状態に陥ります。医師が薬により昏睡状態を誘発することもあります。なぜでしょうか?昏睡状態にすることで、脳の電気的活動や代謝が低下し、脳が休息することができるのです。この状態にすることで、脳の腫れを抑え、さらなる損傷から脳を保護するのに役立ちます。
脳が十分に休息したと医師が判断した場合、医師は親族に、患者に話しかけるよう勧めます。患者の名前や過去の重要な出来事を話すことで、脳の長期的な記憶が保存される領域が目覚めるのです。患者のMRIを撮ると、言語理解や長期記憶に関わる脳の部位に光が現れます。血液中の酸素濃度が上昇し、脳のこれらの部位が使用されていることを示しているのです。
昏睡状態に陥っている時間、脳の損傷の度合いや部位、回復の時間経過は、患者ごとに異なります。また、理学療法からの刺激により、歩く、座る、立つ、横になるなどの簡単な運動動作や、ある種の動作から別の動作への切り替わるプロセスを学び直します。その後、文字を書く、食事をする、歯磨きや髪を整えるといった、より細かい動きに繋がっていきます。言語療法は、患者が、話し方と言われたことを理解できるように学び直すためのものです。治癒には、数ヶ月から数年かかることもあります。医療機関や家族の励ましが、結果に大きな違いをもたらします。
使徒パウロがピリピの信徒に宛てた手紙にある聖句を引用しておきます。パウロはエフェソの獄中でこの言葉を書きました。ダマスカスへ向かう道で、イエスとの会話の後改心したパウロ(使徒の働き9:1-22)は、心が新たになった人の分かりやすい例でしょう。クリスチャンを迫害する以前の人生から、福音を伝え、教会を建て、クリスチャンを励ますという新しい人生に変わったのです。パウロはこう言っています。20 私はキリストとともに十字架につけられました。もはや私自身が生きているのではありません。キリストが、私のうちに生きておられるのです。私のためにご自身をささげてくださった神の御子を信じた結果、今、私のうちにほんとうのいのちが与えられています。(ガラテヤ人への手紙2:20JCB)
1あなたがたには、クリスチャンとして互いに励まし合う気持ちがありますか。私を助けたいと思うほどの愛がありますか。あなたがたは同じ御霊をともにいただいており、主にあって互いが兄弟であるということの、ほんとうの意味がわかっているでしょうか。やさしい心と思いやりが少しでもあるでしょうか。2もしそうなら、互いに愛し合い、心から打ち解け合い、思いと目的とを一つにして共に働き、私(パウロ)を心から喜ばせてください。3自己中心であったり、見栄を張ったりしてはいけません。謙遜になって、他の人を自分よりもすぐれた者と考えなさい。4自分のことばかりにとらわれるのではなく、他の人のことにも目を向けなさい。 (ピリピ人への手紙2:1-5 JCB)
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