2 この世と調子を合わせてはいけません。むしろ心を新たにすることで、自分を変えていただきなさい。そうすれば、神のみこころは何か、すなわち、何が良いことで、神に喜ばれ、完全であるのかを見分けるようになります。(ローマ人への手紙12:2新改訳2017 )
パウロは新しい信者に、もう周りの文化に合わせないよう助言しています。心を新たにすることで、生まれ変わるよう強く勧めているのです。キリストによって新しくされた心によって、信者の思考、ふるまい、行動、動機は清くなります。古い考えを捨て、聖霊に心を開くことによって、何が良いことで、神に受け入れられることかを見分けるようになり、非難をせず、無条件に他人を愛し、自分より彼らに尽くすことができるようになります。
先月のブログは心の再生についてでした。そこで人間の脳は頭部への外傷や脳卒中の後、驚くべき方法で治癒することを学びました。神経可塑性というプロセスを通じて、脳は自ら修復することができるのです。傷ついた神経細胞は胚の状態に戻り、新しい樹状突起と軸索を再生し、新しい結合を作ります。そして適切な条件のもとであれば、損傷した脳の領域で失った機能を回復するのです。 患者さんの中には、話し方や書き方、歌い方、日常生活での動作などを学び直すことができる人もいます。
今月は、身体的ではなく精神的なダメージを受けたときに起こる、心の再生について書きます。15年ほど前、私は本当につらい経験をしました。「私の人生はカントリー・ウエスタン・ソングのようだ。結婚生活も、家も、母も、2匹の犬も失った!」と自分の状況を冗談めかして笑ったものです。でも、心の奥底ではすごく傷つき、眠ることもできませんでした。自分を哀れみ、自分を哀れむことにに怒りを覚えるという、途切れることのないサイクルに陥りました。これには、終わりが見えませんでした。
こんなことを言われたことはないでしょうか?「大切なのは、自分に何が起こるかではなく、自分に起こったことにどう反応するかだ。」と。えぇ、誰かが私にそう言ったのですが、私には全く聞く必要のないものでした!ネガティブな思考が自分をダメにしていることは分かっていました。でも、どうすればそれを取り除けるか分からなかったのです。クリスチャンとして後ろめたくもあり、離婚の際に私を傷つけた人たちを赦したいと思っていました。でも自分一人の力ではどうしてもできなかったのです。
ある晩、リカバリー・クラス(つらい経験から立ち直ろうとする人の為のクラス)で、先生は使徒パウロの「エフェソの信徒への手紙」の中からこの聖句を紹介してくれました。
18 また、あなたがたがすべての聖なる者たちと共に、キリストの愛の広さ、長さ、高さ、深さがどれほどであるかを理解し、19 人の知識をはるかに超えるこの愛を知るようになり、そしてついには、神の満ちあふれる豊かさのすべてにあずかり、それによって満たされるように。20わたしたちの内に働く御力によって、私たちが求めたり、思ったりすることすべてを、はるかに超えてかなえることのおできになる方に。(エフェソの信徒への手紙3: 18-20新共同訳)
これだ! 私は心の中で叫びました。自分の力ではこの人たちを赦すことはできないが、神の力があれば赦すことができる。私は自分を傷つけた人たちを赦すことにしました。そして、再び嫌な考えが私の心に入り込もうとしたとき、私は神の名の力によってそれを強く否定したのです。ネガティブ思考に襲われることなく一晩ぐっすり眠れ、目覚めた最初の朝のことを覚えています。まるで生まれ変わったような気分でした。
17 だから、キリストと結ばれる人はだれでも、新しく創造された者なのです。古いものは過ぎ去り、新しいものが生じた。(コリント人への手紙二 5:17 新共同訳)
このことで、神の言葉を学び、イエスが荒野でサタンの誘惑を受けた時、まさにそうしたように、その言葉を活用したいと熱望するようになりました。イエスは荒野で40日間断食していたので、空腹でした。
3 その時、悪魔がたくみに誘いかけました。「もしあなたが神の子なら,ここに転がっている石をパンに変えてみたらどうだ。」4 しかしイエスは、お答えになりました。「人はただパンだけで生きるのではない」と聖書に書いてあるではないか。
この誘惑とそれに続く二つの誘惑に対して、イエスは躊躇しませんでした。じっくり考えたり、サタンが言ったことを内面化したりする時間はなかったのです。イエスはすぐに聖書でサタンに答えました。その結果、どうなったでしょうか。
13 あの手この手の誘惑のかぎりを尽くすと、悪魔は一時、イエスから離れていきました。(ルカの福音書4: 1-13 JCB) 悪魔は「一時」イエスから離れたのです。ここに注目してください。
8最大の敵である悪魔の攻撃に備えて、警戒しなさい。悪魔は、飢えてほえたけるライオンのように、引き裂くべき獲物を求めてうろつき回っているのです。(ペテロの手紙一5:8 JCB)
使徒パウロのローマのキリスト者へのメッセージに戻ると、彼は、心を新たにすることによって、新しく生まれ変わるようにと強く勧めています。では、どのようにして心が再生され、新しい心が作られるのでしょうか? それは、今までの考え方を捨てるということなのです。言い換えれば、心ない言葉、トラウマ、拒絶、肉体的・精神的虐待、または別の自分を捕えて離さない嫌な思いなどを、考えないようにするのです。
しかし、そう簡単にはいかないことは、誰もが知っています。ネガティブな考えが、壊れたレコードのように、何度も何度も心の中で再生されることがあります。 長い間うそと気づかず受け入れていた為に、ついにはそれを真実だと信じてしまう人もいます。過去の経験から、それが正常な捉え方だと思ってしまう人もいます。 情緒不安は、心の傷に対する正常な反応ですが、しかし乗り越えることができます。あなたの心にあるやっかいな思いを取り去るには、継続的なプロセスが必要となります。聖書を学び、それを内面化すればするほど、聖霊の力によって、嘘や否定的な考えを打ち負かすことができるようになるのです。
12 神の言葉は生きていて、力があります。それは鋭い刃のように切れ味がよく、心の奥深くに潜んでいる思いや欲望にまでメスを入れ、私たちの赤裸々な姿をさらけ出します。(ヘブル人への手紙4: 12 JCB).
先月は、神様が私たちの脳を、異なる領域にそれぞれ別の機能を持たせて創られたことを学びました。脳の奥にある後頭葉は、視覚を司ります。脳の前面にある前頭葉は、思考や理性を司る、というふうにです。 私たちは、思考、視覚、聴覚、嗅覚、味覚が脳のどこで処理され、短期記憶と長期記憶がどこに保存されるかをコントロールすることができません。しかし、目、耳、鼻、指先、口を通して何を心に取り入れ、そして記憶として定着させるのかをコントロールすることはできます。そしてまた、どんな映画を見るか、どんな音楽を聴くか、どんな人と付き合うか、ドーナツを何個食べるかなどの選択は、ただ自分次第というわけではないのです。あなたが神にそれらを委ねるとき、聖霊が今までの間違った考えを打ち破ってくださるのです。
「何を見張るよりも、あなたの心を見守れ。いのちの泉はこれから湧く。」(箴言4: 23 新改訳2017)
先に述べたように、心に張り付いた嫌な思いを克服するのは一朝一夕にできることではありません。このような困難な戦いに勝利したいならば、聖典と聖霊の助けを借りることが不可欠なのです。イエスについて聞いたことがあるのと、個人的にイエスを信じているのとでは違います。聖句を読んだり知っていたりするのと,それを自分の心の中に持ち続けるのとでは違います。嘘を瞬時に見抜き,すぐに真理で対抗することです。わたしの好きな聖句を3つ紹介します。
7 神は私たちに、臆病の霊ではなく、力と愛と慎みの霊を与えてくださいました。(テモテへの手紙第二1:7新改訳2017)
8 最後に、兄弟たち、すべて真実なこと、すべて尊ぶべきこと、すべて正しいこと、すべて清いこと、すべて愛すべきこと、すべて評判の良いことに、また、何か徳とされることや称賛に値することがあれば、そのようなことに心を留めなさい。(ピリピ人への手紙4:8 新改訳2017)
31 イエスは、ご自分を信じたユダヤ人たちに言われた。「あなたがたは、わたしのことばにとどまるなら、本当にわたしの弟子です。32 あなたがたは真理を知り、真理はあなたがたを自由にします。」 (ヨハネの福音書8:31-32新改訳2017)
あなたは自由になりたいですか?神はあなたに、奇跡的な脳を与えられました。脳は、物理的な損傷から回復し、実際に新しい経路を構築することができるのです。この新しい年において私の祈りは、神があなたの戦いを助けてくださるように、というものです。神様に、否定的な考えと戦うために用いる聖句(あるいは一言でも!)を示してくださるようお願いしてみてください。そして最後に、信頼できる人達を見つけることです。同じようにイエスを知ろうと頑張っている人たちに囲まれていれば、自分の意志を貫くことができます。あなたのために祈ってくれる信頼できる人が見つかれば、文字通り “more power to you “となるはずです。私たちが集まって祈ることを、神様はとても喜んでくださいます。
6 イエスは彼にいわれた。「わたしが道であり、真理であり、いのちなのです。わたしを通してでなければ、だれも父のみもとに行くことはできません。」(ヨハネの福音書14: 6 新改訳2017)