19 その日、すなわち週の初めの日の夕方、弟子たちがいたところでは、ユダヤ人を恐れて戸に鍵がかけられていた。すると、イエスが来て彼らの真ん中に立ち、こう言われた。「平安があなたがたにあるように。」 20 こう言って、イエスは手と脇腹を彼らに示された。弟子たちは主を見て喜んだ。 21 イエスは再び彼らに言われた。「平安があなたがたにあるように。父がわたしを遣わされたように、わたしもあなたがたを遣わします。」 22 こう言ってから、彼らに息を吹きかけて言われた。「聖霊を受けなさい。23あなたがたがだれかの罪を赦すなら、その人の罪は赦されます。赦さずに残すなら、そのまま残ります。」(ヨハネの福音書20:19-23) 初代教会は一つの大切なメッセージをこの世の中に示しました。それは、イエス・キリストが死からよみがえられた、ということです。すべてのことがこの一つのメッセージにかかっています。なぜなら、イエスの復活がすべてを変えたからです。 週の初めの日、イエスの弟子たちはともに集まり、恐れからドアに鍵をかけて隠れていました。彼らが身を寄せ合うようにしてその部屋にいた時の気持ちを想像してみてください。イエスが十字架につけられた悲しみ、自分たちにそれを止める勇気がなかったことへの恥ずかしさ、ローマ兵がすぐにでも来るかもしれないという恐れ、次に何をすればいいのかという混乱。過去3年間、弟子たちの生涯はイエスに従うという使命にささげられてきましたが、結局、孤独と失望にあふれたこの部屋で終わることになりました。しかしその時、悲しみ、恥、恐れ、混乱が雲のように渦巻く中に、イエスが現れ、聖なる光がその部屋を満たします。イエスの平安は弟子たちの喪失の悲しみを慰め、彼らの恥を洗い流し、恐れに打ち勝ち、間違った心の思いに明確さと希望をもたらしました。まさに、イエスの復活がすべてを変えたのです。 ここで平安を弟子たちに与えたことで、十字架にかかる前(聖書でいうとほんの数章前)、これから起こってくることに弟子たちを備えさせようとして、イエスが語ったある約束が成就することになります。ヨハネの福音書14章26-27節でイエスは弟子たちにこう語りました。「しかし、助け主、すなわち、父がわたしの名によってお遣わしになる聖霊は、あなたがたにすべてのことを教え、わたしがあなたがたに話したすべてのことを思い起こさせてくださいます。わたしはあなたがたに平安を残します。わたしの平安を与えます。わたしは、世が与えるのと同じようには与えません。あなたがたは心を騒がせてはなりません。ひるんではなりません。」 復活されたイエスに出会った後、イエスから与えられた平安によって、弟子たちの恐れは喜びに変わります。しかし、これはイエスがなされたことのすべてではありませんでした。彼らに平安を与えた後、イエスは父なる神がご自分を遣わしたのと同様に、イエスご自身も弟子たちを遣わすことを宣言され、それから弟子たちに息を吹きかけました。イエスは、弟子たちが出て行って福音を広めるために、力を与えられました。復活されたイエスとの出会いがすべてを変えたのです。 私はこの聖書箇所を読んで、人間の呼吸器系とどんな関係があるのかを今回のブログで取り上げようと思い、弟子たちが精霊により頼むということに焦点を当てようと思いました。復活されたキリストと聖霊の賜物がなければ、弟子たちは閉じこもり、失望し、幻滅したままだったでしょう。偽りの現実に生きる誰かに惑わされ、見捨てられていたことでしょう。弟子たちの将来と使命が御霊の呼吸にかかっていたように、私たちがこの地上に生まれてくるまでの間、私たちは自分以外の人の呼吸に頼って生きています。 ご存じのように、人間の胎児は約280日間、母親の子宮の中で形作られています。その間、胎児は空気を吸いません。その結果、人間の肺は最後に発達する器官のひとつとなっています。胎児の血液は心臓の上部の部屋(心房)の間のフラップのような開口部(卵円孔)を通って、まだつぶれていて、液体で満たされている肺を通らずに迂回します。では、胎児はどのようにして酸素を受け取り、二酸化炭素を排出するのでしょうか?母親の血液は胎盤を通り、臍帯(へその緒)を通って胎児に流れ、酸素を供給します。そして、二酸化炭素と胎児からの廃棄物は、逆に同じ経路を通って処分するために母親に戻されます。胎児は、この重要なガス交換を母親に完全に依存しています。 赤ちゃんが生まれ、へその緒が締められると、驚くべき変化が起こります。赤ちゃんは最初の呼吸をし、赤ちゃんの肺は空気で膨張します。妊娠中に血液が胎児の肺を迂回するために通っていた開口部は閉じられ、酸素はあかちゃんの肺の気嚢を通って血液に送られます。赤ちゃんの循環機能と心臓を通る血流は、そのときから大人と同じように働いていきます。そしておそらくこれが最も驚くべきことではないでしょうか?それは、これらすべてのことが、ほんの数分のうちに起こるということです!赤ちゃんが生まれて、医師がその背中を軽くたたく時、これらの重要なプロセスの一つ一つが起こり、その合図として赤ちゃんは初めて泣きます。(赤ちゃんがこのすべての働きが行われた後で泣きたい気分になるのも不思議ではありませんね!) 孤独や寂しさを感じながら部屋に閉じこもっていたイエスの弟子たちにも、背中を軽くたたかれる、ということが必要であり、イエスは力強い恵みのパンチをお与えになりました。イエスは弟子たちに平安を与え、そして守られていた“子宮”の外側で生きていけるように、すなわちイエスがこの地上に生きていて一緒に過ごしていた時を終えても踏み出していけるように、命を与える聖霊を受けるように彼らに息を吹きかけられました。私たち人間は、この奇跡的な酸素の呼吸を母親の子宮の中でも受け取り、そして外に出ても受け取ることができるのです。私たちはまた、神が創造されたように生き、成長し、存在していくように召されています。私たちの肺がいつか最後の呼吸をして終わってしまうのとは異なり、私たちの中に吹き込まれた神の霊は決して衰えたり揺らいだりすることはありません。死はもはや何の力も持っていません。なぜでしょうか―そうです―イエスの復活がすべてのことを変えたからです。 多くの人々に愛されているこの讃美歌はこのように歌われています。 私に息を吹きかけてください 神様の息を 新しい命で満たしてください あなたが愛するように私も愛し、 あなたがなさることを私もすることができますように
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キリスト信仰におけるアイデンティティ
11 愛する者たち、私は勧めます。あなたがたは旅人、寄留者なのですから、たましいに戦いを挑む肉の欲を避けなさい。 12異邦人の中にあって 立派にふるまいなさい。そうすれば、彼らがあなたがたを悪人呼ばわりしていても、あなたがたの立派な行いを目にして、神の訪れの日に神をあがめるようになります。(ペテロの手紙第一2:11-12 新改訳2017) 使徒ペテロは、彼の第一の手紙の中で、小アジアのローマの都市にあった、5つの初代教会の新信者を励ましています。 聴衆は、ローマから追放されたユダヤ人クリスチャンと、故郷に住んでいて信仰を持つようになった異邦人が混在していると考えられます。 いずれにしても、これまでの生活では当たり前だったことが、今では異質なものとなっています。すべての罪のために十字架にかけられ、復活したキリストに仕える者にとって、もはや神殿での偶像崇拝や動物の生け贄は必要なくなったのです。 初期のキリスト教徒は、もはや社会に適合せず、追放されました。 彼らの新しいアイデンティティは、この世ではなく、キリストにあったのです。そのため、彼らは信仰のために迫害されました。ペテロは、苦しみを受けて栄光に帰されたキリストは、信仰を持ち続けた人々にも栄光を与えてくださるのだ、と彼らに説きました。 今日、モデルナ製コロナワクチンの2回目を接種してきました。ちょうど1年前、私と私の家族にとって、パンデミックは差し迫った現実のものとなり、学校はすぐに対面式の学習からオンラインへと変わりました。現在、私は家庭教師や代用教員に戻っていますが、私の州ではK-12の職員が接種順位1bなので、ありがたいことだと思っています。 ウイルスがどのようにして人体に侵入するのか、ワクチンはどのように作用するのかを考えるとき、私の頭に浮かぶ言葉は「アイデンティティ」です。神様は人間の身体それぞれに独自性を持たせ、それを免疫システムが管理しています。 「自分自身」として認識されていないものが体内に入ると、アレルギー反応や免疫反応が起こります。 アレルギー反応とは、ホコリやペットのフケ、花粉などの単純なものから、クロゴケグモやマムシの毒のような致命的なものまであります。 しかし、ウイルスのように単純で微細なものが、どうして免疫反応を引き起こすのでしょうか? COVID-19パンデミックの原因となっているSARS-CoV-2ウイルスは、吸着スパイクを持つタンパク質の殻と、ウィルス合成のための情報を持つ一本鎖RNAという、2つの主要な要素で構成されています。 そう、ウイルスはあまりにも単純で、単体で増殖することすらできないのです。しかし、だからといって、ウイルスが致命的な病気を人体に持ち込むのを阻止することもできないのです。 SARS-CoV-2ウイルスが呼吸器系に侵入すると、鼻腔の内壁にある特定の受容体を持つ細胞を識別し、スパイクたんぱく質がその受容体に吸着します。 タンパク質の殻は細胞の外に残り、役目を終えます。 RNA鎖は細胞内に注入され、細胞をハイジャックして複数のタンパク質の殻とRNA鎖を作り出します。 これらの構成要素は、多数の新しいウイルスに組み立てられ、感染した細胞から飛び出し、多くの場合、その細胞を死滅させます。 ウイルスが増殖するにつれ、感染者は特に最初の1週間ほどの間に大量のウイルスを排出することがあります。この時点では症状が出ないこともあり、または発熱、空咳、喉の痛み、嗅覚や味覚の喪失、頭痛や体の痛みなどの症状が出ることもあります。 title: ウィルスの増殖 1.吸着 2.ゲノム注入 3.RNAの複製 4. ウィルス粒子の出現 5.ゴルジ装置でウィルスの組立 6. 新しいウィルスの放出 それぞれの新しいウイルスは、気道に沿って表面の受容体を持つ別の細胞を見つけ出し、侵入します。ウィルスが気道の奥に入り込めば入り込むほど、この表面受容体の数はもっと多くなり、さらに致命的な侵入となります。肺の細気管支の、もっと細くて先の方にある枝は、肺胞という小さな空気の袋の集合体に達しています。小さな袋、肺胞嚢の一つ一つは、受容体を豊富に含む細胞が単層で覆っています。受容体の役割は、血液中に酸素が取り込まれる際にきわめて重要となる、血圧の調整です。 SARS-CoV-2ウイルスが体内に侵入すると、直ちに異物として認識されます。 免疫系はそれを破壊しようと抗体を作り始めます。科学者たちは、COVID-19の生存者が、罹患していた時からの記憶細胞によって、どのくらいの期間守られるのかを研究しています。 ②mRNAがヒトの細胞に侵入 ③細胞がスパイクたんぱく質を合成 ④スパイクたんぱく質を免疫系が認識する ⑤抗体が作られる ⑥ 侵入したウィルスに対して免疫が反応する モデルナのワクチンは、ウィルスと同じ免疫反応のプロセスで働きます。ワクチンには、SARS-CoV-2ウイルスのメッセンジャー(mRNA)の断片が含まれています。このmRNAが細胞内に入り、細胞を乗っ取ってスパイクたんぱく質の粒子を生成します。 体はこのスパイクたんぱく質を異物と認識し、免疫反応を開始します。 抗体が作られ、SARS-CoV-2ウイルスを破壊するとともに記憶細胞として残り、その後の感染から体を守ることが期待されます。 SARS-Co -2は新型ウイルスであるため、科学者は変異種に対するワクチンの有効性について研究を続けています。ウイルスはゲノムが非常に小さく、RNAの複製中に発生したエラーがたんぱく質スパイクの構造変化につながるため、突然変異が起こりやすいのです。 ワクチンで作られた抗体は、変異種を認識するでしょうか?ワクチンに変更を加える必要があるでしょうか? すでに接種済みの人に、追加ワクチンを打つ必要があるでしょうか? 1世紀のキリスト教徒にとって、聖霊は究極の免疫システムのようなものでした。ウィルスに対抗するためにワクチンを求める私たちとは異なり、キリストにあって新しいアイデンティティを得た信者たちは、自分の体が望んだように「悪しきもの」を体から撃退するために聖霊を得たのです。彼らは自分の中にある悪しき肉の欲望からだけでなく、「間違っている」と周囲の社会からも批判され、攻撃を受けていました。幾度となく沸き起こる内外からの非難は、まるで変異種のように、彼らの得た新しいアイデンティティに戦いを挑んできたのです。 新しいワクチンがCOVID-19の変異種に対してどれだけの効果があるのか、また、ウイルスに打ち勝った身体は、再感染を阻止するためにどれだけ長い間その記憶を保持できるのか、まだ誰にもわかりません。しかし、イエスに従う者として、私たちは初期の教会と同じように、キリストがあらゆる種類の攻撃に耐えるために必要な力を与えてくださるという信仰に立つことができます。私たちが主に目を向け、主の力を引き出し続けるとき、私たちは周囲に良い影響を「感染させる」ことができるという望みが与えられます。 今週の日曜日、世界中のクリスチャンが復活した救い主、イエス・キリストを礼拝します。ペテロが教会の人々に、「あなたがたのうちにある希望について説明を求める人には、だれにでも、いつでも弁明できる用意をしていなさい。ただし、柔和なこころで、恐れつつ、健全な良心をもって弁明しなさい」(ペテロの手紙第一3:15-16新改訳2017)と勧めたように、私たちも同じようにしなければなりません。私たちは立ち上がり、罪の破壊的な広がりを防ごうとするとき、世界が見ています。私たちの人生の中で、誰かが今、暗闇の中で出口を求めているかもしれません。このイースターに、キリストの「伝わりやすい」愛と希望を最も必要としている人々に広められるよう、神の恵みがありますように祈りましょう。 SARS CoV binding to ACE receptors Illustration 178593136 © Katerynakon | Dreamstime.com MRNA Schematic Illustration 208449737 © Alexander… Continue reading キリスト信仰におけるアイデンティティ
神の武具
13 ですから、邪悪な日によく抵抗して対抗できるように、また、一切を成し遂げて堅く立つことができるように、神のすべての武具をとりなさい。14 そして堅く立ちなさい。腰には真理の帯を締め、胸には正義の胸当てを着け、15足には平和の福音の備えをはきなさい。16これらすべての上に、信仰の盾をとりなさい。それによって、悪い者が放つ火矢をすべて消すことができます。17 救いの兜をかぶり、御霊の剣、すなわち神の言葉を取りなさい。(エペソ人への手紙6:13-17新改訳2017 ) この聖句は、使徒パウロが「エペソ人への手紙」の中で書いたものです。 パウロはローマにいて、福音を宣べ伝えた罪で軟禁されていました。パウロは、霊的な戦いから身を守るために必要な、霊的な強さと勇気について述べています。戦争に行く準備のできたローマ兵を例えとして使っていますが、そのイメージはエペソ人にとって馴染み深いものです。 パウロはエペソ人に、神様が用意し恵みによって与えて下さる、すべての武具を身に着けるように勧めています。 真理の帯とは、信仰によって身につける神の絶対的真理のことです。それにより、手元に入ってくるあらゆる情報を識別することができるので、私たちは誠実な人生を送ることができるのです。 義の胸当ては,誘惑から意志と感情を守ります。つねに落ち着いて物事に対応し、行動できるので、神様の御意思に従って生きていけます。 平和の福音の備えを履いた足は、イエスが神様に仕えたように、私たちにその準備を整えてくれます。いつでも神が望まれるところに出向き、他者の必要とされることに応え、福音を伝えるのです。 信仰の盾は,どのような状況下においても、つねに信仰を持ち続けるよう守ってくれます。疑念、試練、苦難、理解できないことに遭遇した時こそ、信仰を貫くのです。 ヘブル人への手紙の著者はこう言っています。11さて、信仰は、望んでいることを保証し、目に見えないものを確信させるものです。(ヘブル人への手紙11:1新改訳2017) 救済の兜は思考を守ってくれます。使徒パウロはこう言っています。8「最後に、兄弟たち。すべて真実なこと、すべて尊ぶべきこと、すべて正しいこと、すべて清いこと、すべて愛すべきこと、すべて評判のよいことに、また、何か徳とされることや称賛に値することがあれば、そのようなことに心を留めなさい。」(ピリピ人への手紙4:8新改訳2017)。 御霊の剣は神の言葉です。 聖書には、私たちの日々の教えが書かれています。これほど強力なものはありません。 私の大学時代の新約聖書の教授は、聖書を持たずに教室に入ってくる学生によく「剣を忘れているぞ!」と言ったものです。その時は教授が何を言っているのか全く分かりませんでしたが、今は理解しています。 パウロは、悪の攻撃から私たちの魂を守るために霊的な武具を装備することを勧めましたが、神様も私たちに別の種類の "武具"を与えてくださっています。疾患や病気を予防するため、人体に独自の防御機能を設計されたのです。 COVID 19パンデミックの真っ只中に暮らしていると、神様が備えてくださった身体防御機能のことをたびたび考えます。アメリカ疾病管理予防センターは、手を洗い,マスクを着用し、他人との距離を6フィート空けて行動するようにと呼びかけています。 Social Distanceという言葉は私にはなんだか矛盾した表現に思えますが、しかしその一方で、この言葉で9年生を教えていたときのことを思い出しました。一日たりとも、 "触らないように!" と言わなかった日はないのです。そして実際このアドバイスは、何をするかわからない一年生にだけでなく、もっと他に生かせることがわかりました。 感染症に対する第一の予防は、顔を触らないことです。触らないことで、病原体が口や鼻や目から体内に侵入するのを防ぐからです。人間の体は、最大の臓器である皮膚によって外側は守られています。表皮の4つの組織層が物理的なバリアとなり、体内への望ましくない要素の侵入を防ぎます。そして、手のひら、足の裏、指、足の指には第五の組織層があり、さらに保護されているのです。体は絶えず死んだ細胞を削り落とし、新しい細胞と入れ替えています。あなたが膝を擦った時のことを考えてみてください。 傷ついた細胞が新しい細胞に入れ替わるのに時間はかかりませんでしたよね?実際には約27日ごとに、皮膚の外層は自己再生しています。 皮膚はまた、汗、唾液、皮脂を分泌し、化学物質で保護しています。この3つの分泌物が、外耳道の耳垢や目の涙と併せて、病原体からの防御機能にプラスされるのです。 しかし、神様は外側に防壁を与えただけではないのです。“防御の最前線”を担う別の組織は、体の内臓を保護する粘膜です。粘膜は消化器系、泌尿器系、呼吸器系の多くの管や臓器を埋め尽くしています。呼吸器系を例に、どのように粘膜がバリアを張って呼吸器疾患から守るのか見てみましょう。 呼吸器管全体、鼻腔、気管、気管支、細気管支は、多列絨毛円柱上皮組織で覆われています。 この組織は、細胞の核が異なるレベルに位置しているため、何層にもなっているように見えます。 粘液を分泌する杯細胞(紫色)は表面近くに位置しており、表面は、とても小さな毛のような繊毛(黄色)で覆われています。 この呼吸器系の図で、鼻腔に入った空気は、粘液によってろ過され、ほこりやアレルゲン、病原体などをせき止めていることがわかります。小さな毛のような繊毛が、その粘液やごみを咽頭または喉に向かって掃き出し、そこで飲み込まれ、あるいは咳で体外に排出されます。コンサートや図書館などで咳をするのは迷惑なことですが、それは有害な侵入者を外に出すための体の仕組みです。咳をすることで、病原体が気道の奥深くまで移動するのを防いでいるのです。上気道で感染すると、風邪や副鼻腔炎を生じる可能性はあります。 この時点で、病原体が無事に取り除けない場合でも、肺にまでは到達しないという望みがまだ残ってます。気道全体が粘液を分泌する組織と、肺を守るために絶え間なく波打っている絨毛で覆われていることを忘れないでください。しかし、感染が気管支に到達すると気管支炎になります。 肺胞や空気嚢に到達した場合、肺炎を発症します。 病原体が気道の奥深くまで侵入すればするほど、病気は重症化します。皮膚の外層と同じように、粘膜もまた傷ついた細胞を新しい細胞に入れ替えるために再生します。しかし、細胞が新しいコピーを作れば作るほど、突然変異が起こる可能性がより高くなることを覚えておいてください。困ったことに、このような突然変異によって、欠陥のある皮膚細胞や肺細胞が作られ、その結果皮膚がんや肺がんが起こってしまうのです。先に述べたような極めて重要な“防衛の最前線”がなければ、これらのより重い病気に頻繁にかかりやすくなってしまうでしょう。 病気予防はさておき、体の防衛の最前線の仕組みは、いかに私たちが「恐ろしい力によって、驚くべきものに作り上げられている」(詩篇139:14新共同訳)かという、もう一つの例なのです。物理的であれ化学的であれ、身体は有害な外来の侵入者を排除するために絶えず戦い続けています。そして、“防衛の最前線”はそこで終わりではないのです。ありがたいことに、人間の免疫システムは複数の武器を武器庫に持っており、病気との戦いにおいて“防衛の最前線”に加わってくれるのです。 霊的な戦いにおいて「剣を持ってくるのを忘れてしまう」ことがありますが、神様は私たちの身体を、肉体的な戦いに無意識に臨むよう入念に設計されました。言い換えれば、神様はいつも私たちを思っています!神様の武具を身につけて、判断力、感情、奉仕への欲求、信仰、思考を守るとき、これらのすべてはしっかり防御された肉体の中に収められていることを忘れないでください。この知識は間違いなく 「称賛に値いすること 」なので、「そのようなことに心を留め」ましょう。(ピリピ人への手紙4:8) ティッシュ写真 93292569 © Jlcalvo|Dreamstime.com
キリストの愛
BLOG: February 2021 「16どうか、御父が、その豊かな栄光に従い、その霊により、力をもってあなたがたの内なる人を強めて、17信仰によってあなたがたの心の内にキリストを住まわせ、あなたがたを愛に根ざし、愛にしっかりと立つ者としてくださるように。18また、あなたがたがすべての聖なる者たちと共に、キリストの愛の広さ、長さ、高さ、深さがどれほどであるかを理解し、」 (エフェソの信徒への手紙3:16-18 新共同訳) “クリスチャンが確信していること”という説教を聞いたとき、私はすでに30年以上クリスチャンでした。そしてその時に、私は自分の罪が神の恵みによってすでに赦されていることを知ったのです。エフェソの信徒への手紙にあるように、「7私たちはこの御子において、その血によって贖われ、罪を赦されました。これは、神の豊かな恵みによるものです。8神はこの恵みをわたしたちの上にあふれさせ、すべての知恵と理解とを与えてくださいました」(エフェソの信徒への手紙1:7-8新共同訳) そして私は、永遠の時を過ごす場所がどこかを知ったのです。「神は、その独り子をお与えになったほどに、世を愛された。独り子を信じる者が一人も滅びないで、永遠の命を得るためである。」 (ヨハネ3:16新共同訳) しかしその後、牧師はエフェソの信徒への手紙3:16-18を読み上げ、ヨハネ3:16の御言葉をもう一歩進めたのです。「どうか、御父が、その豊かな栄光に従い、その霊により、力をもってあなたがたの内なる人を強めて、17信仰によってあなたがたの心の内にキリストを住まわせ、あなたがたを愛に根ざし、愛にしっかりと立つ者としてくださるように。18また、あなたがたがすべての聖なる者たちと共に、キリストの愛の広さ、長さ、高さ、深さがどれほどであるかを理解し、」 (エフェソの信徒への手紙3:16-18 新共同訳) わあ! ちょっと待ってください。キリストは私を愛してくださり、その愛は聖霊を通して私の内に存在すると言ったのですか?つまり、キリストと永遠に過ごす時まで待つ必要はないということですか?今私が恩恵に預かれる贈り物を、どうして見逃していたのでしょうか? この啓示は、私のクリスチャンとしての歩みに、大きな違いをもたらしました。 キリストが私を愛してくださっているように、自分自身と他人とを愛する能力を与えてくれました。自分を傷つけた人々を赦し、無条件に愛することができるようになりました。それは自分の力ではなく、聖霊を通して私の内に働いてくださるキリストの力によってです。 この説教を聞く数年前、私には人生において傷つき、失望したりする状況があり、そのことで、信者同志の交流から徐々に距離を置くようになっていました。教会の人たちが自分の話を聞いたら、拒絶されるのではないかと恐れ、「本当の自分」をシェアできないと感じていました。しかし、神の愛とその受容という新たな啓示に勇気づけられ、教会のグループに参加することを決意しました。共に自分たちの話を分かち合い、励まし合い、そしてお互いの為に祈りました。私は拒絶されなかっただけでなく、他の人との関係を築くことで多くのことを学ぶことができました。 さて、解剖学と生理学のレッスンはないのか、と思っていませんか?エフェソの信徒への手紙を読んでみましょう。「人の知識をはるかに超えるこの愛を知るようになり、そしてついには、神の満ちあふれる豊かさのすべてにあずかり、それによって満たされるように。」(エフェソの信徒への手紙3:19新共同訳) 神の愛を普遍的なレベルで知ることと、この愛を個人的な真理として受け入れることの間には大きな違いがあります。十字架に磔にされたキリストが、死にゆくこの世へ大きな愛を示してくださったことは、知識として知っています。そしてキリストが復活されたことによって、聖霊があなたの中に宿るように遣わされたことは、あなたの魂で信じるのです。聖霊の力は信仰を高め、あなたがよりキリストのようになり、やがてキリストの目を通して他人を見るようになります。神の愛を知り、信じると、あなたは「神の満ちあふれる豊かさのすべてにあずかり、それによって満たされる」のです。 キリストがどれほどあなたを愛しているか知っていますか? 知識としてだけでなく、あなたの内なる人で?あなたの魂で?キリストの愛があなたにもたらす、豊かさのすべてを受け取っていますか?あなたがそうであるように、私は祈ります。
心を一つに(その2)
BLOG January 2021 11 主よ、あなたの道を私に教えてください。私はあなたの真理のうちを歩みます。私の心を一つにしてください。御名を恐れるように。(詩篇86:11) 私は、クリスチャンとしての人生は旅なのだと知りました。イエスに人生を委ねると、聖霊が進むべき道を導いてくれるので、私たちはよりイエスのようになれるのです。「ピリピ人への手紙」には、使徒パウロの次のような言葉が書かれています。6あなた方の間でよい働きを始められた方は、キリスト・イエスの日が来るまでにそれを完成させてくださると、私は確信しています。(ピリピ人への手紙1:6) パウロは新しい信者が根気強くよい働きを続けるだけでなく、彼らが聖なるものに変わっていくことにも自信を持っています。 また、旅の途中でそこから逸れてしまう事すべてが、悪いという訳ではないことも知りました。 神に仕えるための良い方法はたくさんあります。 しかし、もし私たちが神が望まれているところで仕えていないのであれば、聖霊が私たちを神の計画に引き戻してくださるのです。 私は高校の生物学の教師を引退した後も、教育技術の会社でコンサルタントを続けていました。 私は教室でテクノロジーをうまく使い、生徒たちを実践的な学びに引き込むことが出来ていたからです。教師たちの教授方法にテクノロジーを盛り込む指導は、彼らの役に立てるものではありました。 しかし、しばらくすると、コンサルタント業への熱が冷めていくのを感じました。私は技術指導を行うために知らない町に飛び、初めての人たちと出会います。しかし、彼らの名前を名札で知るだけで、 次の日のフライトで家に帰るのです。この経験は私を空虚にさせ、もっと多くを望むようになりました。教師たちの技術力向上の手伝いをしていましたが、それは一時的なものでしかないことに気づいたのです。 このブログを書いている今、アメリカはコロナ禍の9ヶ月目に入っています。この状況下で、聖書研究会やフレンドシップ・インターナショナルのクラスを通じ、人々が繋がりを持ち続けられるよう、私はZOOMのテクノロジーを用いる機会を得ました。3月からは、週に1~2時間お互いの人生を分かち合うための集会を開いています。コンサルティングの仕事をしていたときに物足りなかったもの、すなわち「他者とのかかわり」を得ることができだのです。今は人々の人生に恒久的な変化をもたらすため、神が私に与えてくださった能力を活用しています。 今していることは、あなたを虚しい気分にさせていませんか? 神はあなたの人生に「足りないなにか」用意しています。神は次のことに備えて、あなたの中で働いておられます。 神を求めれば、神はあなたに知恵を与えてくださいます。 この新年、心をひとつにして生きることで、あなたの人生に「足りない何か」をみつけることができるでしょうか? 11 主よ、あなたの道を私に教えてください。私はあなたの真理のうちを歩みます。私の心を一つにしてください。御名を恐れるように。(詩篇86:11)
心を一つに -an undivided heart-(その1)
BLOG December 2020 11 主よ、あなたの道を私に教えてください。私はあなたの真理のうちを歩みます。私の心を一つにしてください。御名を恐れるように。(詩篇86:11新改訳2017,2018) An undivided heart(分かれていない心臓*新改訳では「心を一つに」)についての聖句を初めて読んだ時、私はこう思った。でも、神様は私たちを「区分けされた心臓」で創造されているではないですか!心臓の左側は、酸素を豊富に含んだ血液を大動脈を通って心臓から送り出し、全身の組織に酸素を届け、二酸化炭素を運び出す。酸素の乏しい血液は心臓の右側に戻り、肺に送り出されて酸素を受け取り、二酸化炭素を捨てる。肺からの酸素を豊富に含んだ血液は心臓の左側に戻り、大動脈から全身に送り出される。 平均的な成人の体には6クォート(5.6リットル)の血液があり、1分間に3回体内を循環していると考えられている。 心臓には逆流を防ぎ、血液の流れる方向を変える4つの弁があり、そして心臓の左側と右側を隔てる「中隔」がある。血液が混ざることもなければ、カエルにみられるように、酸素の多い血液と少ない血液が存在するということもない。カエルの心臓は4つではなく3つの部屋に分かれていて、不完全な中隔がある。そのため、カエルは肺と同じく、皮膚を使って酸素と二酸化炭素を交換する必要がある。解剖学的に言えば、区分けされた人間の心臓は、完璧で素晴らしく作られているのだ。 (詳細は下の図を参照) では、なぜダビデは神に「区分けされていない」心臓を求めているのだろうか?ダビデはここで解剖学の話をしているのではない。 ダビデは神に、神の道を示してくれるよう、自分に歩むべき道を教えてくれるよう、頼んでいるのだ。 ダビデは、自分の中にある良いことは自分の外からもたらせていることを知っていた。過去の失敗から、自分の判断に頼ることができないことを理解していたダビデは、神の声を聞く必要があった。そこでダビデは祈ったのだ。完全に神に服従しつつ、その御名を称えて敬意を表すため、彼に「一つの心」を与えてくださるように神に求めたのだ。 あなたの場合は知りませんが、私の人生では、神の道よりも自分の道を選んでしまったことが何度もあった。私は自分の望むことと、神が私に望んでおられることを混同してしまう。私は性急になり、何がベストなのか知っていると思っている。結局のところ、それがアメリカ人のやり方なのだ。そうでしょう? 私たちは自立している!答えを見つけることができる!あなたの経験はどうだったであろうか?個人的には、私にとってこのやり方はうまくいってなかったのである。神に全てを委ねたと感じる時にこそ、自分がコントロールを取り戻そうとしていることに気づく。服従は敗北のように感じることもあるが、実際には自由を得ることなのだ。 この世の中のことと、神様がお望みになることの間で、あなたの心を分けてしまう何かがあるだろうか? 神に祈り、尋ねて欲しい。 あなたの体中に血液が循環するため、完璧な通り道を創造してくださったように、神様はあなたの人生に完璧な道を準備してくださるのだ。 5「心を尽くして主を信頼し、自分の理解に頼ってはならない。6あなたの道はすべて主に従えば、主はあなたの道をまっすぐにしてくださる。 (箴言3:5-6 NIV)
人体(その2)
BLOG November 2020 16たとえ耳が「私は目ではないから、からだに属さない」と言ったとしても、それで、からだに属さなくなるわけではありません。17もし、からだ全体が目であったら、どこで聞くのでしょうか。もし、からだ全体が耳であったら、どこでにおいを嗅ぐのでしょうか。(コリント人への手紙第一12:16-17新改訳2017,2018) 使徒パウロは最初の18か月間をコリントの信者たちと一緒に過ごし、教会の共同体を築いた。その後も少なくとも2回はコリントを訪問した。またコリントの教会に手紙を書いた。パウロは、自分自身をコリントの人々にとっての父親のような存在であるとし、たとえ矯正や規律が必要な時でも、絶えることなく彼らに愛を示した。この手紙の中で、パウロは教会内の不和を取り上げている。教会内での立場を理由に、自分は他の人よりも優れていると主張するメンバーたちにより引き起こされたものであった。これによって、他のメンバーたちは、教会の共同体の中で自分は役に立ってないとか、必要とされていないと感じていた。 パウロは身体の器官について、神がそれらをどこに配置されたか、その形状と用途を類推を用いて説明している。例えば、目の構造や位置とその用途は、身体にとって必要なものだが、それは耳の構造、配置と用途と同じではない。耳も同じで、その構造、配置と用途は鼻のそれとは違う。しかし三つとも全部、身体が完全体となるには必要なものなのだ。 高校で人体解剖学と生理学を教えていたころ、毎年私のクラスはケンタッキー大学にある、「科学・医療系キャリアのためのアウトリーチセンター」を訪問したものだ。ある時の訪問で、教室の中に、いろいろな人体の標本が一列に並べられたテーブルがあったのを覚えています。話し手は、手袋をはめた手で、脳を持ち上げ尋ねた。「身体のどの部分が“見る”のでしょう?」もちろん生徒たちは一斉に答えた。「目です。」そして話し手は尋ねた。「身体のどの部分が“聞く”のでしょうか?」また、生徒たちは答えた。「耳です。」 話し手は引き続き説明した。目は、身体の中にイメージを取り込むのに完璧に作られてる。しかし、後頭神経により、そのイメージが、視覚を処理する脳の領域へ伝達されなければ、私たちは見ることはできない。同じことが耳にもいえる。耳は身体に音を取り込むのに完璧に作られている。しかし、音は聴覚神経により、音を処理する脳の領域へ伝達される必要がある。そして、あなたが思った通り!鼻と嗅覚も同じ、舌と味覚も同じだ。話し手は脳を持ち上げ、「見たり、聞いたり、嗅いだり、味わったりするのは脳なのだ。」と言明した。 反時計回り: 嗅覚皮質(嗅ぐ 聴覚皮質(聞く)視覚皮質(見る)味覚皮質(味わう) これらすべての感覚器官が頭に配置されているのは、偶然ではない。もし目が、耳が、鼻や舌が手にあったとしたら?足だったら?身体の形がまるで違うだけではなく、それぞれの役割である、画像、音、匂い、味を捉え、脳へ伝達するのはとても難しくなるであろう。 あなたは今まで、職場や学校、スポーツチームで、あるいは教会内で、自分は他の人よりも大切にされていない、あるいは役にたっていないと感じたことはないだろうか?各器官がそれぞれの見地からの刺激を捉えて脳に伝えるように、グループのメンバーも同様である。各メンバーはそれぞれのユニークなスキルと才能で、組織全体に貢献していまる。「肉の身体」で生きている時は、メンバーは強い愛の絆によって密接に結ばれているべきで、全体にとって善となることが、皆の目的になるべきだ。すべてのクリスチャンは、お互いを頼り、他から助けを得られることを期待し、それを受け入るのである。そこで、身体の中の統一性を考えてみよう。パウロの言葉を、コリント人への第一の手紙12:18-20で覚えておこう。 18しかし実際、神はみこころにしたがって、からだの中にそれぞれの部分を備えてくださいました。19もし全体がただ一つの部分だとしたら、からだはどこにあるのでしょうか。20しかし実際、部分は多くあり、からだは一つなのです。(コリント人への手紙第一12:16-17新改訳2017,2018)
人体(その1)
BLOG October 2020 「あなたは、わたしの内臓を造り、母の胎内にわたしを組み立ててくださった。」(詩編139:13新改訳2017,2018) この聖句を読んだ時、高校教師をしていたときに、一般生物学ではなく人体解剖学及び生理学を教えるよう依頼されたことを思い出した。生物学の一般的な知識から、人体に関してより具体的に詳細なものへと、自分の教授方法を変えなくてはならないと思ったが、この挑戦を引き受けることにした。最初の難題は、内臓を形成する組織を学ぶ組織学だった。骨についている筋肉によって、身体の動作が可能になるということを教えればいいだけではなく、骨格筋組織の構造がどのように動作を可能にするのかを教えることになる。人体の内側の組織を教えるために、私も知識を掘り下げる必要があった。まず様々な組織のプレパラートを顕微鏡で調べることを始めた。箱から骨格筋組織のプレパラートを取り出し、顕微鏡のステージの上に置き、低倍率に合わせた。そして少し倍率を上げ、さらに高倍率にした。その骨格筋を内部に向かって見ていくうちに、私は魅了されてしまった!さまざまな種類の組織のスライドを調べ続けて、それらのスライドから、各臓器がどのように働くのかを解き明かす、構造的パターンを発見したのだ。 なぜ骨格筋組織は、ロープに似た繊維の束のように見えるのだろう?筋肉は、腱で骨とくっついている。筋肉の伸縮が骨の動きにつながり、特定の動きをすることが出来るのだ。例えば、リンゴを噛むとき、筋肉は下顎を動かして、口を開けたり閉めたりする。あなたの顎にロープがくっついていて、そのロープが上下に動くと、顎が同じ動きをするのが思い浮かぶであろうか? なぜ、血液組織の40%を構成する赤血球が、柔軟性のある卵型の円盤のような形をしているのだろう?赤血球細胞には、ヘモグロビンのためのスペースを最大にするために、核がない。赤血球はヘモグロビンの袋であり、酸素を運搬し身体のすみずみの組織に届ける。柔軟性があるために、血液は動脈や毛細血管床を通って移動することができる。もし、赤血球が長方形をしていて、硬かったらどうだろう? なぜ緻密質(骨の表面を構成する組織)は、同心円状に配置されているのだろう?この並び方は、緻密質の組織を高密度にし、骨を保護し強度をあたえる。もしあなたの骨が一層、二層だけの骨組織により構成されていたとしたら、あなたの生活はどう違っただろうか?自然の中で、どこにこの同じパターンを見ることができるだろう?木の年輪? Tree limbsという言葉は、「大きな木の枝」という意味で、人体の「腕と脚」は、limbs(四肢)である。 そして最後に、なぜ神経組織は、神経細胞の塊のようなクモの巣状のもので構成され、長く繊維状に伸びて互いに接続されているのだろう? 神経組織は脳との間で情報をやり取りしている。神経細胞から情報を伝達する繊維は、軸索と言う。一番長い軸索は人体のどこにあるのだろう?坐骨神経の神経細胞の中にあり、それは、脊髄の基部からそれぞれの足の親指まで伸びている。 これらは人間の身体を形成する、多くの種類の組織のうちのわずか四つにすぎない。30兆個を超える細胞が互いに組み込まれて組織を形成し、組織が臓器を形成し、臓器が臓器系を形成し、最終的にはあなたになる。その創造的なパターンの不思議さを、感じてもらえるよう願う。 「あなたこそ 私の内臓を造り 母の胎の内で私を組み立てられた方です。」 「私は感謝します。あなたは私に奇(くす)しいことをなさって 恐ろしいほどです。私のたましいは それをよく知っています。」(詩編139:13-14新改訳2017,2018)
手を伸ばせばそこに
September 2020 Blog 「あの方の衣にでも触れれば、私は救われる」と思っていたからである。 (マルコ5:28新改訳2017,2018) イエスが湖畔に来ると、大勢の人が周りに集まった。その群衆の中に、その地域の会堂の重要なリーダーであるヤイロがいた。ヤイロはイエスの足元にひれ伏し、家まで来て彼の娘を癒して欲しいと懇願した。そこで、イエスはヤイロと一緒に行かれた。すると大勢の群衆がイエスについて来て、イエスに押し迫った。そこに、十二年の間、長血をわずらっている女の人がいた。(マルコ5:24-25新改訳2017,2018)彼女は、治療を探し多くの医者にかかり、持っている物全てを使い果たしていた。ところが良くなることはなく、むしろ悪くなっていた。身体はボロボロになり、周りから疎外されていた。ユダヤ人の考えでは、彼女は汚れていたのである。彼女は群衆の中にいて、気づかれるのを恐れていた。しかし、愛されない人はいない、とイエスが言っているのを聞き、イエスを信じることをにした。そして、「もしあの方の衣にでも触れれば、私は救われる」(マルコ5:28新改訳2017,2018)といいながら群衆の中を進んで行った。すると、すぐに血の源が乾いて、病気が癒されたことを体に感じた。(マルコ5:29新改訳2017,2018)イエスもまた、彼女が自分に触れたのを感じた。自分のうちから力が出て行ったことにすぐ気がつき、誰が触れたのか、と周囲に聞いた。彼女は自分の身に起こったことを知り、恐れおののきながら進み出て、イエスの前にひれ伏し、真実をすべて話した。イエスは彼女に言われた。「娘よ、あなたの信仰があなたを救ったのだ。安心していきなさい。苦しむことなく、健やかでいなさい。」(マルコ5:33-34新改訳2017,2018) 指先は身体の最も敏感な部分の一つだと知っていましたか?神があなたを創造された時、身体のどこにでも触覚受容体を配置したわけではないのです。神は、もっとも必要となる場所に集中的に置かれたのです。各指先には3000個以上の触覚受容体があり、毎秒76mもの速度で脳に信号を送っています!どのように触覚受容体は、ひどい火傷を負うことから、あなたを守っているか考えてみましょう。高温の炎に触れた瞬間、考える間もなく、あなたは火から手を離します。マッサージ師は触覚受容体を用いて、どの箇所にどれぐらいの圧力が必要かを手先で見極めます。親は泣いている赤ちゃんをなだめるために、心地良いタッチで撫でます。目が不自由な人は、杖が触れた感覚を頼りに、慣れない場所ではそこの輪郭を思い描き、障害物を避けるのです。また触覚受容体は、彼らが点字を読んだり、人の顔や物体を認識するのにも役立つのです。 もう望みは絶たれた、と感じたことはありますか?何年も助けを探し求めたのに、無駄に終わったことは?身体は疲れ果て、社会から疎外され、愛されていないと感じたことは?このお話の冒頭を思い出してください。イエスはどこに行こうとしていましたか?ヤイロの家、その地域で要職についている人でした。なぜイエスはそこに向かったのでしょう?ヤイロの娘を癒すためでした。その途中、イエスは時間をとって立ち止まり、彼に手を伸ばした女性を受け入れましたか?そうです!イエスは彼女と言葉を交わし、癒したのです。彼女のように、イエスの眼には愛されない人などいない、と信じましょう。イエスに手を伸ばし、癒されてください。手を伸ばせばそこにいらっしゃるのです!
神様はしっかりと掴んでいてくださる
イエスはすぐに手を伸ばし、彼をつかんで言われた。「信仰の薄い物よ、なぜ疑ったのか。」(マタイ14:31新改訳2017, 2018) イエスは、ガラリア湖の湖畔にて5000人に食事を与えられた後、弟子たちに、先に船に乗って向う岸までいくように言われました。イエスは人々を家に帰され、祈るために独り丘に登られました。 その夜、弟子たちの乗った船は、陸地からまだかなり遠くにありました。強い風がおこり、彼らは荒れ狂う波にてこずっていました。ところが、イエスは水の上を歩いて、彼らのもとへやってきました。弟子たちは幽霊が出たと思い、怖がりました。すぐにイエスは彼らに話しかけました。「怖がることはない。しっかりしろ。私だ。」 ペテロは船を降り、イエスに向かって水の上を歩きだしました。しかし、風と波を見て恐怖を覚えました。だんだんと沈み始めたペテロは叫びました。「主よ、助けてください!」イエスはすぐに手を伸ばし、ペテロをつかむと、「信仰の薄い者よ。なぜ疑ったのか?」とおっしゃいました。 しっかりつかまれている、と安心したことはありますか? ペテロのように、誰かがあなたをつかみ、安全なところへ引っ張り上げてくれたことはありますか?階段から落ちそうになって手すりを思わずつかんだり、あるいは、ぬかるんだ道で滑ってしまわないように、木の枝に手を伸ばしたりしたことはありますか?つかむという行為は、親指があるために可能となります。ためしに、利き手の親指と人差し指を輪ゴムで結び付けてください。アイスクリームを掬い出してみたり、野球のボールを投げてみたり、携帯電話に二本の親指でテキストを打ってみたりしてください。親指はその他の指とは違います。親指以外の指は、二つの関節と三つの指骨があります。親指は、一つの蝶番と二つの指骨しかないのです。しかし、もっと大切な違いは、親指は他の指と向い合せにできるのです。同じ手の他の指と簡単に合わさることができるため、物をつかめます。しかし、神様の設計による、他の指と向い合せになるという親指の機能は、ただ物をつかむというよりも、もっと大切な働きを担っているのです。 ペテロのように、神様を疑っていますか?神様は遠くにいて、あなたのことなど気にしていないと思ったりしていませんか?あなたの状況に、どうやら神様は働きかけてくださっていると思いながらも、周りの環境により、疑念が生まれてしまうことはありませんか?恐れないでください。勇気を持ってください。神様はここにおられます。あなたの手は、神様につかまることが出来るように創造されているのです。 あなたを離さず掴んでいてくださる神様の御手に留まり、信じてください!