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神様はしっかりと掴んでいてくださる

イエスはすぐに手を伸ばし、彼をつかんで言われた。「信仰の薄い物よ、なぜ疑ったのか。」(マタイ14:31新改訳2017, 2018) イエスは、ガラリア湖の湖畔にて5000人に食事を与えられた後、弟子たちに、先に船に乗って向う岸までいくように言われました。イエスは人々を家に帰され、祈るために独り丘に登られました。 その夜、弟子たちの乗った船は、陸地からまだかなり遠くにありました。強い風がおこり、彼らは荒れ狂う波にてこずっていました。ところが、イエスは水の上を歩いて、彼らのもとへやってきました。弟子たちは幽霊が出たと思い、怖がりました。すぐにイエスは彼らに話しかけました。「怖がることはない。しっかりしろ。私だ。」 ペテロは船を降り、イエスに向かって水の上を歩きだしました。しかし、風と波を見て恐怖を覚えました。だんだんと沈み始めたペテロは叫びました。「主よ、助けてください!」イエスはすぐに手を伸ばし、ペテロをつかむと、「信仰の薄い者よ。なぜ疑ったのか?」とおっしゃいました。 しっかりつかまれている、と安心したことはありますか? ペテロのように、誰かがあなたをつかみ、安全なところへ引っ張り上げてくれたことはありますか?階段から落ちそうになって手すりを思わずつかんだり、あるいは、ぬかるんだ道で滑ってしまわないように、木の枝に手を伸ばしたりしたことはありますか?つかむという行為は、親指があるために可能となります。ためしに、利き手の親指と人差し指を輪ゴムで結び付けてください。アイスクリームを掬い出してみたり、野球のボールを投げてみたり、携帯電話に二本の親指でテキストを打ってみたりしてください。親指はその他の指とは違います。親指以外の指は、二つの関節と三つの指骨があります。親指は、一つの蝶番と二つの指骨しかないのです。しかし、もっと大切な違いは、親指は他の指と向い合せにできるのです。同じ手の他の指と簡単に合わさることができるため、物をつかめます。しかし、神様の設計による、他の指と向い合せになるという親指の機能は、ただ物をつかむというよりも、もっと大切な働きを担っているのです。 ペテロのように、神様を疑っていますか?神様は遠くにいて、あなたのことなど気にしていないと思ったりしていませんか?あなたの状況に、どうやら神様は働きかけてくださっていると思いながらも、周りの環境により、疑念が生まれてしまうことはありませんか?恐れないでください。勇気を持ってください。神様はここにおられます。あなたの手は、神様につかまることが出来るように創造されているのです。 あなたを離さず掴んでいてくださる神様の御手に留まり、信じてください!

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あなたの眼の中のリンゴ(その1)

あなたの眼のリンゴのように私を守り(詩編17:8 NIV和訳) *新改訳では、「瞳のように私を守り」(詩編17:8新改訳2017, 2018)と訳されていますが、NIVでは、Keep me as the apple of your eye; 訳「あなたの眼のリンゴのように私を守り」となっています。 私は最近、ある日曜日の聖書勉強会で、この表現に出会いました。そこで思ったのは、ダビデはなぜ、神様の眼の“リンゴ”のように…と願うのか、ということでした。 そしてさらに、そもそも眼のどの部分がリンゴなのでしょうか? 好奇心を抑えることが出来ず調べた結果、“眼のリンゴ”とは、瞳孔のことを指すということがわかりました。古代において、瞳孔は、リンゴのように丸い固体であると信じられていたのです。 現代では、瞳孔が固体ではなく、眼球の色のついている部分、虹彩の中心にある孔であることがわかっています。虹彩の筋肉は大きさや形を変えながら、瞳孔を通る光の量を調節しています。視覚にとって光はなくてはならないものであり、瞳孔はとても大切であると考えられていました。 なので、ダビデが「あなたの眼のリンゴのように私を守り」(詩編17:8 NIV和訳)、と神様に願ったのは、神様の満ち溢れた愛の対象である、慈しまれた子供として自分を見てほしいという思いだったのです。 友人の目をよく覗き込んだ時、まるで鏡のように、あなたの小さな姿が映っていることに気づいたことはありますか?ヘブライ語で、“眼のりんご”とは、「眼の中の“小さい人”」と訳されます。--愛しさにあふれた呼びかけの言葉ですね。 同じ事が私たちと神様との関係においても言えます。あなたの友人の目の中に、小さくあなたが映っているのが見えるように、神様は、あなたを見るときに、ご自身の姿が小さく映っているのをご覧になっているのです。あなたは神様の姿に似せて創造されたということを知っていますか?あなたは神様の慈しまれた子供であり、大切な宝なのです。あなたは神様の眼の中のリンゴなのです!

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あなたの眼の中のリンゴ(その2)

主は荒野の地で、荒涼とした荒れ地で彼をみつけ、これを抱き、世話をし、 ご自分の瞳のように守られた(申命記32:10新改訳2017,2018) この節では、“彼”とは、エジプトを脱出し、約束の地カナンへ向かっていたイスラエルの民のことを指します。その旅の間、イスラエルの民は40年間シナイ砂漠の荒野をさまよい歩いたのです。 この時期、神様は彼らを見つけてくださいましたが、それはたまたまではなく、自らのご意志により、そうされていました。 昼は雲の柱で、夜は火の柱で、彼らに道を示されました。そうすることで、彼らは昼も夜も進んで行けたからです。(出エジプト記13:21) また、石の板2枚に書かれた律法を授けられました。(出エジプト記20:1-17) 朝には、天から露のように降ってきたマナと呼ばれるパンで、夜には、飛んできたウズラの肉で(出エジプト記16:8)、そして、岩から出した水で(出エジプト記17:6)、彼らを養いました。 荒野で道に迷ったときに、神様は必要なものをすべて与えてくださると信じることに、迷いがあるでしょうか? 読み進めてもらうとわかりますが、神様が人間の眼を創造されたとき、手あたり次第にされたのではないのです。神様は、それぞれの構造が特別な機能を持つように、意図的に設計されたのです。 眼窩の7つの強靭な骨は、眼を収容し、保護し、そしてサポートするための‟窪み”を形作っています。まぶたは日光や異物より眼を守ります。眠っている時は閉じて、眼を保護し、潤いを保ちます。眉とまつげも破片が眼に入るのを防ぎます。 眼の一番外側の層となる角膜は、感染症から守ります。房水は目の角膜と水晶体に水分と栄養を与えます。 いかがですか? もし荒野で道に迷ったら、神様はあなたに必要なものをすべて与えてくださる、と信頼することはできますか? 神様はできる!と信じてください。神様はあなたを探しておられます。神様の方を振り向き、導いていただき、教えを請い、栄養を与えていただき、守っていだたきましょう。あなたは、神様の眼の瞳なのですから!