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恐れ

4わたしが主に求めたとき、主はわたしに答え、すべての恐れからわたしを助け出された。 5 主を仰ぎ見て、光を得よ、そうすれば、あなたがたは、恥じて顔を赤くすることはない。 6 この苦しむ者が呼ばわったとき、主は聞いて、すべての悩みから救い出された。 7 主の使は主を恐れる者のまわりに陣をしいて彼らを助けられる(詩篇 34: 4-7 口語訳) この聖句では、「恐れ」という言葉がどのように使われているかを見てみましょう。 4節では、ヘブライ語の「恐れ」という言葉は、"怖がることが目的となる恐れ"、あるいは "人間が感じる恐怖 "と訳されています。この詩篇の作者であるダビデは、死ぬのではないかと恐れています。 彼は敵から逃げていて、主に叫んでいます。主はダビデの叫びを聞き、敵と恐怖から解放してくださいました。 7節では、この「恐れ」という言葉が、"主を恐れる者 "という意味で使われています。それは、主に対して畏敬の念を持つことであり、「怖がる」という意味ではありません。主は、神聖なるものを崇敬し、畏怖を持つ者を救います。 解剖学的に言うと、人間は恐怖に対し特定の反応をするように作られています。恐怖や危険を感じると、自分を守ろうとしたり、逃げようとしたりします。 この交感神経系に支配された反応は、一般的に「戦うか逃げるか反応」として知られています。 交感神経は自律神経系の1つです。 自律神経系は、その名が示すように不随意の生理的機能を自動的に制御します。不随意の生理的機能の例としては、心拍数、血圧、呼吸、消化などがあります。 人はこれらの機能を自ら活発にしたり、緩慢にしたりすることができますが、自律神経系はそれらを作動させて維持します。 例えば、心臓は拍動し、肺は呼吸し、胃は消化しますが、人は意識せずにそれらを制御しているのです。 交感神経系は、恐ろしいほど(また「恐」という言葉が出てきましたが)素晴らしくデザインされています。 下の図は、眼球、視床、視覚野、扁桃体、そして椎骨の中から出ている交感神経の連携を示しています。 AMYGDALA  偏桃体 Responsible for the …  感情、特に恐怖に対する反応と記憶をつかさどる Cerebrum 大脳 Corpus Callosum   脳梁 Thalamus    視床 Pituitary Gland  脳下垂体 Amygdala  偏桃体 Hippocampus  海馬 Brain Stem  脳幹 Cerebellum  小脳 RESPONSE TO THREAT   恐怖への反応 Amygdala   偏桃体 Visual thalamus… Continue reading 恐れ

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堅固な土台

賢く家を建てる人、愚かに建てる人 24 「それで、わたしのこれらの言葉を聞いて行うものを、岩の上に自分の家を建てた賢い人に比べることができよう。25雨が降り、洪水が押し寄せ、風が吹いてその家に打ちつけても、倒れることはない。岩を土台としているからである。26また、わたしのこれらの言葉を聞いても行わない者を、砂の上に自分の家を建てた愚かな人に比べることができよ。27 雨が降り、洪水が押し寄せ、風が吹いてその家にうちつけると、倒れてしまう。そしてその倒れ方はひどいのである。" (マタイ7:24-27 口語訳) このたとえ話は、マタイ5章から始まる「山上の説教」の最後に登場します。この説教には、「山上の垂訓」(さんじょうのすいくん)や「主の祈り」など、イエスの教えとしてよく知られているものが含まれています。イエスは多くのトピックを取り上げ、自己や世俗的な営利に信頼を置く人々とは、クリスチャンはどのように異なるべきかを強調しています。 このたとえ話の中で、イエスは、家を建てるための土台の違いに例えて、ただイエスのことを知るだけでなく、イエスとその教えに従うことの重要性を説いています。福音書の中で、イエスは13回、"私に従いなさい "と言っています。 この言葉を用いて、ペテロ、アンデレ、ヤコブ、ヨハネを自分の弟子として呼ばれました。イエスに従った人たちは、イエスの言葉と行動の上に自分の土台を築きました。彼らは地上に富を築くことはせず、すべてを放棄し、イエスを自分の土台として選んだのです。この土台があったから、迫害を受けている間、死に至るまでも強く生きられたのです。 “風が吹いても、大雨が降っても”、彼らの信仰は揺るがなかったのです。 このたとえ話は、ルカの福音書6章20~49節にも記されています。 ここでは、このたとえ話に新たな側面を加える4つの言葉が登場します。賢く家を建てる人に例えて、イエスはこう話しました。 48それは、地を深く掘り、岩の上に土台をすえて家を建てる人に似ている。洪水が出て激流がその家に押し寄せてきても、それを揺り動かすことはできない。よく建ててあるからである。 (ルカによる福音書6:48口語訳) 私の友人の一人は、ここの聖句を教える際に、彼の父親が田舎の家の敷地に井戸を設置した時の話をします。 彼の家族はよく田舎にピクニックに行ったり、森を楽しんだりしていましたが、水を運搬しなければなりませんでした。 井戸を掘った日、掘削員が3回も手を止め、もっと深く掘ったほうがいいか、と彼の父親に聞きました。 時間と費用が更にかかることになっても、父親はいつも「はい」と答えていました。そして午後遅く、ついに井戸掘り職人は水に到達しました。 しかも、それは水たまりなんかではなく、常に新鮮な水の蒸気が湧き出ていたのです。一家の井戸が枯れることはありませんでした! ニューヨークの南からジョージアまでのアメリカ東部に住んでいる人なら、「ブルードX」と呼ばれる17年ゼミの甲高い鳴き声を聞いたことがあるかもしれません。そして、木の幹や下の枝葉、地面を見ると、そこはセミの抜け殻で覆われています。 セミは他の昆虫と同様に、成長すると脱皮して外骨格を脱ぎ捨てます。 セミの幼虫は、木や潅木の根から出る汁を吸って17年間過ごした地中から這い出てきます。木の上に這い上がり、最後の脱皮を行います。 幼虫は外骨格が固まるまで白いままです。これまでの脱皮は地中で行われていたため、これは最も危険にさらされる脱皮となります。  鳥やリスなど多くの動物が、この定期的に訪れるごちそうを楽しんでいます!生き残った成虫は交尾し、雌は受精卵を木の枝に埋めます。 6週間後、卵から孵化した幼虫は地面に落ち、2フィートほど地下に潜って木の根を食べ始めます。時計のような正確さで、17年ゼミ「ブルードX」は、2038年に出現します! 最後の脱皮で外骨格を脱ぎ捨てるセミの幼虫  木の枝に受精卵を置くセミの雌成虫   では、岩の上に建てられた家とセミは、人体とどのような関係があるのでしょうか? それはもちろん、人間の骨格です。人間は内骨格でできていて、体の成長に合わせて内部で成長していきます。 脱皮の必要はありません。 人間の体の土台となる内骨格は、206個の骨で構成されています。 様々な形、大きさ、厚さの骨が、それぞれの目的に合わせて作られています。下顎は、人間の頭蓋骨の中で最も大きな骨です。 馬蹄のように湾曲した形をしていて、下の歯を固定し、咀嚼できるように動かします。  MANDIBLE 下顎骨 Condylar process 関節突起 Coronoid process 鈎状突起 Submandibular fossa 顎下腺窩 Alveolar process 歯槽突起 Mental foramen オトガイ孔 Metal protuberance オトガイ隆起 Body… Continue reading 堅固な土台

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キリストのきよめの血

「13 儀式的に汚れている人に振りかけられた山羊や雄牛の血、雌牛の灰は、彼らを聖なるものとし、外見上は清くなります。 14 それでは、永遠の霊によって汚れのないご自分を神にささげられたキリストの血は、どれほど私たちの良心を死に至る行為から清め、私たちが生ける神に仕えることができるでしょうか。」 ヘブル人への手紙9:13-14 ヘブル人への手紙の著者は、当時の迫害されているユダヤ人クリスチャンに、旧約聖書の律法ではなく、キリストこそが神の究極の救いの計画であることを再確認させようとしています。たとえ落胆していても、神を喜ばせるために旧約聖書の時代に行われていた虚しい慣習や儀式を再び行うことは避けるように諭しています。  著者は、キリストの犠牲が旧約の動物の犠牲よりも優れているということを述べています。旧約時代の祭司は、民の罪のためだけでなく、自分の罪のためにも、絶えずいけにえをささげなければなりませんでした。しかし結局、動物の死は、人間の罪悪感を和らげ、旧約の律法を成就させる役割しか果たせませんでした。動物の血だけでは、人の内側(魂)に変革をもたらすことはできなかったのです。 それに対して、キリストの犠牲は完全で罪のないものでした。キリストの十字架の死は、すべての人の罪に対する永遠の贖いを約束しました。ヘブル人への手紙9章14節において、著者はキリストの犠牲の重要性を強調しています。"永遠の霊によって、傷のないご自分を神にささげられたキリストの血は、どれほど私たちの良心を死に至る行為から清め、生ける神に仕えることができるでしょうか!" キリストの犠牲にとって重要な“血”(血液)は、人体の機能としてもまた重要な役割を果たしています。「ホメオスタシス」とは、体内環境を非常に狭い範囲で一定に保つために働く体の機能を表す言葉です。基本的に、水や血液などの体液の濃度、量、化学的組成が正常な場合、変化することは人体にとって不健全なものです。体内のホメオスタシスを維持するために重要な役割を果たしている臓器の一つが腎臓です。 腎臓の中にあるネフロンは、血液中の老廃物や余分な物質を除去する過程で尿を生成する機能構造です。人間の腎臓には、1つの腎臓に約100万個のネフロンがあります。腎臓は、尿を生成し、体内の老廃物や過剰なミネラルイオン、過剰な水分を排出します。腎臓の主な機能は、体内の水の量を調節し、血液中のミネラルイオンの濃度を保つことです。また、老廃物を排出し、同時に有用な物質を取り入れています。                        ネフロンの解剖学 老廃物を含んだ血液がネフロンに入ると、半透膜の糸球体でろ過されます。この時、血液中の赤血球や大きなタンパク質は大きすぎてボーマン嚢へろ過されません。 一方、ナトリウム、カリウム、カルシウムなどのイオンや、水、ブドウ糖、タンパク質の構成要素であるアミノ酸などは、十分小さいのでボーマン嚢へとろ過されていきます。 そしてこれらはろ液と呼ばれる混合物(原尿)となります。糸球体から出たろ液(原尿)は、次に尿細管に入ります。そこでは、ろ液(原尿)に含まれるグルコース、アミノ酸、ビタミンなどの重要な栄養素が血管内へ再吸収されます。これらの栄養素は血液に戻り、その後必要な場所に運ばれていきます。 ろ液(原尿)が尿細管のループ(U字型)を下り、また上ってくる間に、水分と塩分の濃度が調整され、健康的な血液量が維持されます。 尿細管のループは、それぞれ塩分や水分に対して透過性があり、適切な量の水分と塩分が血液に戻されるようになっています。 老廃物や過剰な水分と塩分は、尿となってネフロンから排出されます。尿は、複数のネフロンによって腎盂で合流する集合管に排出され、その後、尿管に入ります。この尿管は二つの腎臓にそれぞれあり、腎臓から出た尿を膀胱(体外に尿が排出されるまでの貯蔵場所)まで運ぶ働きをしています。 今回は、腎臓という素晴らしい臓器のほんの一部をご紹介しました。 ネフロンの糸球体は、血液が赤血球を失わないようにざる状にデザインされています。それだけではなく、腎臓内の細胞が血液中の酸素濃度の低下を感知すると、ホルモンを生成・放出して骨髄に移動させ、新しい赤血球の生成を促す、という優れた機能も備わっています。 また、毛細血管が尿細管の周りを取り巻いているため、水分と塩分の交換がスムーズに行われます。だから、腎臓から出て体内循環に戻る血液の濃度が薄すぎず、濃すぎず、ちょうど良い状態になっているのです! 血液は、このような複雑なプロセスを通って、不純物のないきれいな状態を常に保ち続けているのです。そして、私たちに贈られた神からのギフト(イエスの十字架の血)も、このように汚れのないきよめられた心を常に保ち続けてくださっているのです!キリストの十字架上の犠牲は、単なる(外面的な)愛の表現ではありません。私たちのために流されたキリストの血によって、私たちは深く永続的な(内面的な)変化を経験できるのです。ホメオスタシス(恒常性維持機能)は、私たちの体の中で良いものをバランスよく保ち、悪いものを排除する機能ですが、ヘブル人への手紙の著者は、私たちの霊的な歩みにおいてもホメオスタシスのような働きを常に持ち続けていくことを勧めています。 血液は、腎臓の働きによって徹底的に不純物がとりのぞかれていますが、感謝なことに、私たちには、神と人生を歩む時に問題となる不純なものや有害なものを取り除くために、神の恵みが与えられています。テトスへの手紙2章14節には、「私たちの偉大な神であり、救い主であるイエス・キリストは、私たちをすべての不法からあがない出し、善いことを熱心に行う選びの民をご自分のものとしてきよめるため、私たちのためにご自分をささげられたのです。」と書かれています。 あなたは今、良心の呵責に耐えながら生きていたり、どうしても自分を取り戻すことができずに落胆していたりするでしょうか。「赦されること」や「きよめられること」は、自分の意志でできる範囲を超えて働かれます。あなたの体のことは、腎臓に任せましょう。そしてあなたの心のことは、神様に任せていきましょう。 神様はあなたをゆるしてくださいます。 神様はあなたの心のけがれを取り除いてくださいます。 神様はあなたを癒してくださいます。 そしてあなたが神様を求め続ければ、神様はあなたをきよめてくださいます! https://pbs.twimg.com/media/Bdn5jgjCEAAvM5R.png:large

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神の息吹

19 その日、すなわち週の初めの日の夕方、弟子たちがいたところでは、ユダヤ人を恐れて戸に鍵がかけられていた。すると、イエスが来て彼らの真ん中に立ち、こう言われた。「平安があなたがたにあるように。」 20 こう言って、イエスは手と脇腹を彼らに示された。弟子たちは主を見て喜んだ。 21 イエスは再び彼らに言われた。「平安があなたがたにあるように。父がわたしを遣わされたように、わたしもあなたがたを遣わします。」 22 こう言ってから、彼らに息を吹きかけて言われた。「聖霊を受けなさい。23あなたがたがだれかの罪を赦すなら、その人の罪は赦されます。赦さずに残すなら、そのまま残ります。」(ヨハネの福音書20:19-23) 初代教会は一つの大切なメッセージをこの世の中に示しました。それは、イエス・キリストが死からよみがえられた、ということです。すべてのことがこの一つのメッセージにかかっています。なぜなら、イエスの復活がすべてを変えたからです。 週の初めの日、イエスの弟子たちはともに集まり、恐れからドアに鍵をかけて隠れていました。彼らが身を寄せ合うようにしてその部屋にいた時の気持ちを想像してみてください。イエスが十字架につけられた悲しみ、自分たちにそれを止める勇気がなかったことへの恥ずかしさ、ローマ兵がすぐにでも来るかもしれないという恐れ、次に何をすればいいのかという混乱。過去3年間、弟子たちの生涯はイエスに従うという使命にささげられてきましたが、結局、孤独と失望にあふれたこの部屋で終わることになりました。しかしその時、悲しみ、恥、恐れ、混乱が雲のように渦巻く中に、イエスが現れ、聖なる光がその部屋を満たします。イエスの平安は弟子たちの喪失の悲しみを慰め、彼らの恥を洗い流し、恐れに打ち勝ち、間違った心の思いに明確さと希望をもたらしました。まさに、イエスの復活がすべてを変えたのです。 ここで平安を弟子たちに与えたことで、十字架にかかる前(聖書でいうとほんの数章前)、これから起こってくることに弟子たちを備えさせようとして、イエスが語ったある約束が成就することになります。ヨハネの福音書14章26-27節でイエスは弟子たちにこう語りました。「しかし、助け主、すなわち、父がわたしの名によってお遣わしになる聖霊は、あなたがたにすべてのことを教え、わたしがあなたがたに話したすべてのことを思い起こさせてくださいます。わたしはあなたがたに平安を残します。わたしの平安を与えます。わたしは、世が与えるのと同じようには与えません。あなたがたは心を騒がせてはなりません。ひるんではなりません。」 復活されたイエスに出会った後、イエスから与えられた平安によって、弟子たちの恐れは喜びに変わります。しかし、これはイエスがなされたことのすべてではありませんでした。彼らに平安を与えた後、イエスは父なる神がご自分を遣わしたのと同様に、イエスご自身も弟子たちを遣わすことを宣言され、それから弟子たちに息を吹きかけました。イエスは、弟子たちが出て行って福音を広めるために、力を与えられました。復活されたイエスとの出会いがすべてを変えたのです。 私はこの聖書箇所を読んで、人間の呼吸器系とどんな関係があるのかを今回のブログで取り上げようと思い、弟子たちが精霊により頼むということに焦点を当てようと思いました。復活されたキリストと聖霊の賜物がなければ、弟子たちは閉じこもり、失望し、幻滅したままだったでしょう。偽りの現実に生きる誰かに惑わされ、見捨てられていたことでしょう。弟子たちの将来と使命が御霊の呼吸にかかっていたように、私たちがこの地上に生まれてくるまでの間、私たちは自分以外の人の呼吸に頼って生きています。 ご存じのように、人間の胎児は約280日間、母親の子宮の中で形作られています。その間、胎児は空気を吸いません。その結果、人間の肺は最後に発達する器官のひとつとなっています。胎児の血液は心臓の上部の部屋(心房)の間のフラップのような開口部(卵円孔)を通って、まだつぶれていて、液体で満たされている肺を通らずに迂回します。では、胎児はどのようにして酸素を受け取り、二酸化炭素を排出するのでしょうか?母親の血液は胎盤を通り、臍帯(へその緒)を通って胎児に流れ、酸素を供給します。そして、二酸化炭素と胎児からの廃棄物は、逆に同じ経路を通って処分するために母親に戻されます。胎児は、この重要なガス交換を母親に完全に依存しています。 赤ちゃんが生まれ、へその緒が締められると、驚くべき変化が起こります。赤ちゃんは最初の呼吸をし、赤ちゃんの肺は空気で膨張します。妊娠中に血液が胎児の肺を迂回するために通っていた開口部は閉じられ、酸素はあかちゃんの肺の気嚢を通って血液に送られます。赤ちゃんの循環機能と心臓を通る血流は、そのときから大人と同じように働いていきます。そしておそらくこれが最も驚くべきことではないでしょうか?それは、これらすべてのことが、ほんの数分のうちに起こるということです!赤ちゃんが生まれて、医師がその背中を軽くたたく時、これらの重要なプロセスの一つ一つが起こり、その合図として赤ちゃんは初めて泣きます。(赤ちゃんがこのすべての働きが行われた後で泣きたい気分になるのも不思議ではありませんね!) 孤独や寂しさを感じながら部屋に閉じこもっていたイエスの弟子たちにも、背中を軽くたたかれる、ということが必要であり、イエスは力強い恵みのパンチをお与えになりました。イエスは弟子たちに平安を与え、そして守られていた“子宮”の外側で生きていけるように、すなわちイエスがこの地上に生きていて一緒に過ごしていた時を終えても踏み出していけるように、命を与える聖霊を受けるように彼らに息を吹きかけられました。私たち人間は、この奇跡的な酸素の呼吸を母親の子宮の中でも受け取り、そして外に出ても受け取ることができるのです。私たちはまた、神が創造されたように生き、成長し、存在していくように召されています。私たちの肺がいつか最後の呼吸をして終わってしまうのとは異なり、私たちの中に吹き込まれた神の霊は決して衰えたり揺らいだりすることはありません。死はもはや何の力も持っていません。なぜでしょうか―そうです―イエスの復活がすべてのことを変えたからです。  多くの人々に愛されているこの讃美歌はこのように歌われています。  私に息を吹きかけてください 神様の息を  新しい命で満たしてください  あなたが愛するように私も愛し、  あなたがなさることを私もすることができますように

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キリスト信仰におけるアイデンティティ

11 愛する者たち、私は勧めます。あなたがたは旅人、寄留者なのですから、たましいに戦いを挑む肉の欲を避けなさい。 12異邦人の中にあって 立派にふるまいなさい。そうすれば、彼らがあなたがたを悪人呼ばわりしていても、あなたがたの立派な行いを目にして、神の訪れの日に神をあがめるようになります。(ペテロの手紙第一2:11-12 新改訳2017) 使徒ペテロは、彼の第一の手紙の中で、小アジアのローマの都市にあった、5つの初代教会の新信者を励ましています。 聴衆は、ローマから追放されたユダヤ人クリスチャンと、故郷に住んでいて信仰を持つようになった異邦人が混在していると考えられます。 いずれにしても、これまでの生活では当たり前だったことが、今では異質なものとなっています。すべての罪のために十字架にかけられ、復活したキリストに仕える者にとって、もはや神殿での偶像崇拝や動物の生け贄は必要なくなったのです。 初期のキリスト教徒は、もはや社会に適合せず、追放されました。 彼らの新しいアイデンティティは、この世ではなく、キリストにあったのです。そのため、彼らは信仰のために迫害されました。ペテロは、苦しみを受けて栄光に帰されたキリストは、信仰を持ち続けた人々にも栄光を与えてくださるのだ、と彼らに説きました。 今日、モデルナ製コロナワクチンの2回目を接種してきました。ちょうど1年前、私と私の家族にとって、パンデミックは差し迫った現実のものとなり、学校はすぐに対面式の学習からオンラインへと変わりました。現在、私は家庭教師や代用教員に戻っていますが、私の州ではK-12の職員が接種順位1bなので、ありがたいことだと思っています。 ウイルスがどのようにして人体に侵入するのか、ワクチンはどのように作用するのかを考えるとき、私の頭に浮かぶ言葉は「アイデンティティ」です。神様は人間の身体それぞれに独自性を持たせ、それを免疫システムが管理しています。 「自分自身」として認識されていないものが体内に入ると、アレルギー反応や免疫反応が起こります。 アレルギー反応とは、ホコリやペットのフケ、花粉などの単純なものから、クロゴケグモやマムシの毒のような致命的なものまであります。 しかし、ウイルスのように単純で微細なものが、どうして免疫反応を引き起こすのでしょうか? COVID-19パンデミックの原因となっているSARS-CoV-2ウイルスは、吸着スパイクを持つタンパク質の殻と、ウィルス合成のための情報を持つ一本鎖RNAという、2つの主要な要素で構成されています。 そう、ウイルスはあまりにも単純で、単体で増殖することすらできないのです。しかし、だからといって、ウイルスが致命的な病気を人体に持ち込むのを阻止することもできないのです。 SARS-CoV-2ウイルスが呼吸器系に侵入すると、鼻腔の内壁にある特定の受容体を持つ細胞を識別し、スパイクたんぱく質がその受容体に吸着します。 タンパク質の殻は細胞の外に残り、役目を終えます。 RNA鎖は細胞内に注入され、細胞をハイジャックして複数のタンパク質の殻とRNA鎖を作り出します。 これらの構成要素は、多数の新しいウイルスに組み立てられ、感染した細胞から飛び出し、多くの場合、その細胞を死滅させます。 ウイルスが増殖するにつれ、感染者は特に最初の1週間ほどの間に大量のウイルスを排出することがあります。この時点では症状が出ないこともあり、または発熱、空咳、喉の痛み、嗅覚や味覚の喪失、頭痛や体の痛みなどの症状が出ることもあります。  title: ウィルスの増殖   1.吸着   2.ゲノム注入  3.RNAの複製  4. ウィルス粒子の出現 5.ゴルジ装置でウィルスの組立 6. 新しいウィルスの放出 それぞれの新しいウイルスは、気道に沿って表面の受容体を持つ別の細胞を見つけ出し、侵入します。ウィルスが気道の奥に入り込めば入り込むほど、この表面受容体の数はもっと多くなり、さらに致命的な侵入となります。肺の細気管支の、もっと細くて先の方にある枝は、肺胞という小さな空気の袋の集合体に達しています。小さな袋、肺胞嚢の一つ一つは、受容体を豊富に含む細胞が単層で覆っています。受容体の役割は、血液中に酸素が取り込まれる際にきわめて重要となる、血圧の調整です。 SARS-CoV-2ウイルスが体内に侵入すると、直ちに異物として認識されます。 免疫系はそれを破壊しようと抗体を作り始めます。科学者たちは、COVID-19の生存者が、罹患していた時からの記憶細胞によって、どのくらいの期間守られるのかを研究しています。 ②mRNAがヒトの細胞に侵入 ③細胞がスパイクたんぱく質を合成 ④スパイクたんぱく質を免疫系が認識する ⑤抗体が作られる ⑥ 侵入したウィルスに対して免疫が反応する モデルナのワクチンは、ウィルスと同じ免疫反応のプロセスで働きます。ワクチンには、SARS-CoV-2ウイルスのメッセンジャー(mRNA)の断片が含まれています。このmRNAが細胞内に入り、細胞を乗っ取ってスパイクたんぱく質の粒子を生成します。 体はこのスパイクたんぱく質を異物と認識し、免疫反応を開始します。 抗体が作られ、SARS-CoV-2ウイルスを破壊するとともに記憶細胞として残り、その後の感染から体を守ることが期待されます。 SARS-Co -2は新型ウイルスであるため、科学者は変異種に対するワクチンの有効性について研究を続けています。ウイルスはゲノムが非常に小さく、RNAの複製中に発生したエラーがたんぱく質スパイクの構造変化につながるため、突然変異が起こりやすいのです。 ワクチンで作られた抗体は、変異種を認識するでしょうか?ワクチンに変更を加える必要があるでしょうか? すでに接種済みの人に、追加ワクチンを打つ必要があるでしょうか? 1世紀のキリスト教徒にとって、聖霊は究極の免疫システムのようなものでした。ウィルスに対抗するためにワクチンを求める私たちとは異なり、キリストにあって新しいアイデンティティを得た信者たちは、自分の体が望んだように「悪しきもの」を体から撃退するために聖霊を得たのです。彼らは自分の中にある悪しき肉の欲望からだけでなく、「間違っている」と周囲の社会からも批判され、攻撃を受けていました。幾度となく沸き起こる内外からの非難は、まるで変異種のように、彼らの得た新しいアイデンティティに戦いを挑んできたのです。 新しいワクチンがCOVID-19の変異種に対してどれだけの効果があるのか、また、ウイルスに打ち勝った身体は、再感染を阻止するためにどれだけ長い間その記憶を保持できるのか、まだ誰にもわかりません。しかし、イエスに従う者として、私たちは初期の教会と同じように、キリストがあらゆる種類の攻撃に耐えるために必要な力を与えてくださるという信仰に立つことができます。私たちが主に目を向け、主の力を引き出し続けるとき、私たちは周囲に良い影響を「感染させる」ことができるという望みが与えられます。 今週の日曜日、世界中のクリスチャンが復活した救い主、イエス・キリストを礼拝します。ペテロが教会の人々に、「あなたがたのうちにある希望について説明を求める人には、だれにでも、いつでも弁明できる用意をしていなさい。ただし、柔和なこころで、恐れつつ、健全な良心をもって弁明しなさい」(ペテロの手紙第一3:15-16新改訳2017)と勧めたように、私たちも同じようにしなければなりません。私たちは立ち上がり、罪の破壊的な広がりを防ごうとするとき、世界が見ています。私たちの人生の中で、誰かが今、暗闇の中で出口を求めているかもしれません。このイースターに、キリストの「伝わりやすい」愛と希望を最も必要としている人々に広められるよう、神の恵みがありますように祈りましょう。 SARS CoV binding to ACE receptors Illustration 178593136 © Katerynakon | Dreamstime.com MRNA Schematic Illustration 208449737 © Alexander… Continue reading キリスト信仰におけるアイデンティティ

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神の武具

13 ですから、邪悪な日によく抵抗して対抗できるように、また、一切を成し遂げて堅く立つことができるように、神のすべての武具をとりなさい。14 そして堅く立ちなさい。腰には真理の帯を締め、胸には正義の胸当てを着け、15足には平和の福音の備えをはきなさい。16これらすべての上に、信仰の盾をとりなさい。それによって、悪い者が放つ火矢をすべて消すことができます。17 救いの兜をかぶり、御霊の剣、すなわち神の言葉を取りなさい。(エペソ人への手紙6:13-17新改訳2017 ) この聖句は、使徒パウロが「エペソ人への手紙」の中で書いたものです。 パウロはローマにいて、福音を宣べ伝えた罪で軟禁されていました。パウロは、霊的な戦いから身を守るために必要な、霊的な強さと勇気について述べています。戦争に行く準備のできたローマ兵を例えとして使っていますが、そのイメージはエペソ人にとって馴染み深いものです。 パウロはエペソ人に、神様が用意し恵みによって与えて下さる、すべての武具を身に着けるように勧めています。 真理の帯とは、信仰によって身につける神の絶対的真理のことです。それにより、手元に入ってくるあらゆる情報を識別することができるので、私たちは誠実な人生を送ることができるのです。 義の胸当ては,誘惑から意志と感情を守ります。つねに落ち着いて物事に対応し、行動できるので、神様の御意思に従って生きていけます。 平和の福音の備えを履いた足は、イエスが神様に仕えたように、私たちにその準備を整えてくれます。いつでも神が望まれるところに出向き、他者の必要とされることに応え、福音を伝えるのです。 信仰の盾は,どのような状況下においても、つねに信仰を持ち続けるよう守ってくれます。疑念、試練、苦難、理解できないことに遭遇した時こそ、信仰を貫くのです。 ヘブル人への手紙の著者はこう言っています。11さて、信仰は、望んでいることを保証し、目に見えないものを確信させるものです。(ヘブル人への手紙11:1新改訳2017) 救済の兜は思考を守ってくれます。使徒パウロはこう言っています。8「最後に、兄弟たち。すべて真実なこと、すべて尊ぶべきこと、すべて正しいこと、すべて清いこと、すべて愛すべきこと、すべて評判のよいことに、また、何か徳とされることや称賛に値することがあれば、そのようなことに心を留めなさい。」(ピリピ人への手紙4:8新改訳2017)。 御霊の剣は神の言葉です。 聖書には、私たちの日々の教えが書かれています。これほど強力なものはありません。 私の大学時代の新約聖書の教授は、聖書を持たずに教室に入ってくる学生によく「剣を忘れているぞ!」と言ったものです。その時は教授が何を言っているのか全く分かりませんでしたが、今は理解しています。 パウロは、悪の攻撃から私たちの魂を守るために霊的な武具を装備することを勧めましたが、神様も私たちに別の種類の "武具"を与えてくださっています。疾患や病気を予防するため、人体に独自の防御機能を設計されたのです。 COVID 19パンデミックの真っ只中に暮らしていると、神様が備えてくださった身体防御機能のことをたびたび考えます。アメリカ疾病管理予防センターは、手を洗い,マスクを着用し、他人との距離を6フィート空けて行動するようにと呼びかけています。 Social Distanceという言葉は私にはなんだか矛盾した表現に思えますが、しかしその一方で、この言葉で9年生を教えていたときのことを思い出しました。一日たりとも、 "触らないように!" と言わなかった日はないのです。そして実際このアドバイスは、何をするかわからない一年生にだけでなく、もっと他に生かせることがわかりました。 感染症に対する第一の予防は、顔を触らないことです。触らないことで、病原体が口や鼻や目から体内に侵入するのを防ぐからです。人間の体は、最大の臓器である皮膚によって外側は守られています。表皮の4つの組織層が物理的なバリアとなり、体内への望ましくない要素の侵入を防ぎます。そして、手のひら、足の裏、指、足の指には第五の組織層があり、さらに保護されているのです。体は絶えず死んだ細胞を削り落とし、新しい細胞と入れ替えています。あなたが膝を擦った時のことを考えてみてください。 傷ついた細胞が新しい細胞に入れ替わるのに時間はかかりませんでしたよね?実際には約27日ごとに、皮膚の外層は自己再生しています。 皮膚はまた、汗、唾液、皮脂を分泌し、化学物質で保護しています。この3つの分泌物が、外耳道の耳垢や目の涙と併せて、病原体からの防御機能にプラスされるのです。 しかし、神様は外側に防壁を与えただけではないのです。“防御の最前線”を担う別の組織は、体の内臓を保護する粘膜です。粘膜は消化器系、泌尿器系、呼吸器系の多くの管や臓器を埋め尽くしています。呼吸器系を例に、どのように粘膜がバリアを張って呼吸器疾患から守るのか見てみましょう。 呼吸器管全体、鼻腔、気管、気管支、細気管支は、多列絨毛円柱上皮組織で覆われています。 この組織は、細胞の核が異なるレベルに位置しているため、何層にもなっているように見えます。 粘液を分泌する杯細胞(紫色)は表面近くに位置しており、表面は、とても小さな毛のような繊毛(黄色)で覆われています。 この呼吸器系の図で、鼻腔に入った空気は、粘液によってろ過され、ほこりやアレルゲン、病原体などをせき止めていることがわかります。小さな毛のような繊毛が、その粘液やごみを咽頭または喉に向かって掃き出し、そこで飲み込まれ、あるいは咳で体外に排出されます。コンサートや図書館などで咳をするのは迷惑なことですが、それは有害な侵入者を外に出すための体の仕組みです。咳をすることで、病原体が気道の奥深くまで移動するのを防いでいるのです。上気道で感染すると、風邪や副鼻腔炎を生じる可能性はあります。 この時点で、病原体が無事に取り除けない場合でも、肺にまでは到達しないという望みがまだ残ってます。気道全体が粘液を分泌する組織と、肺を守るために絶え間なく波打っている絨毛で覆われていることを忘れないでください。しかし、感染が気管支に到達すると気管支炎になります。 肺胞や空気嚢に到達した場合、肺炎を発症します。 病原体が気道の奥深くまで侵入すればするほど、病気は重症化します。皮膚の外層と同じように、粘膜もまた傷ついた細胞を新しい細胞に入れ替えるために再生します。しかし、細胞が新しいコピーを作れば作るほど、突然変異が起こる可能性がより高くなることを覚えておいてください。困ったことに、このような突然変異によって、欠陥のある皮膚細胞や肺細胞が作られ、その結果皮膚がんや肺がんが起こってしまうのです。先に述べたような極めて重要な“防衛の最前線”がなければ、これらのより重い病気に頻繁にかかりやすくなってしまうでしょう。 病気予防はさておき、体の防衛の最前線の仕組みは、いかに私たちが「恐ろしい力によって、驚くべきものに作り上げられている」(詩篇139:14新共同訳)かという、もう一つの例なのです。物理的であれ化学的であれ、身体は有害な外来の侵入者を排除するために絶えず戦い続けています。そして、“防衛の最前線”はそこで終わりではないのです。ありがたいことに、人間の免疫システムは複数の武器を武器庫に持っており、病気との戦いにおいて“防衛の最前線”に加わってくれるのです。 霊的な戦いにおいて「剣を持ってくるのを忘れてしまう」ことがありますが、神様は私たちの身体を、肉体的な戦いに無意識に臨むよう入念に設計されました。言い換えれば、神様はいつも私たちを思っています!神様の武具を身につけて、判断力、感情、奉仕への欲求、信仰、思考を守るとき、これらのすべてはしっかり防御された肉体の中に収められていることを忘れないでください。この知識は間違いなく 「称賛に値いすること 」なので、「そのようなことに心を留め」ましょう。(ピリピ人への手紙4:8) ティッシュ写真 93292569 © Jlcalvo|Dreamstime.com 

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キリストの愛

BLOG: February 2021 「16どうか、御父が、その豊かな栄光に従い、その霊により、力をもってあなたがたの内なる人を強めて、17信仰によってあなたがたの心の内にキリストを住まわせ、あなたがたを愛に根ざし、愛にしっかりと立つ者としてくださるように。18また、あなたがたがすべての聖なる者たちと共に、キリストの愛の広さ、長さ、高さ、深さがどれほどであるかを理解し、」 (エフェソの信徒への手紙3:16-18 新共同訳) “クリスチャンが確信していること”という説教を聞いたとき、私はすでに30年以上クリスチャンでした。そしてその時に、私は自分の罪が神の恵みによってすでに赦されていることを知ったのです。エフェソの信徒への手紙にあるように、「7私たちはこの御子において、その血によって贖われ、罪を赦されました。これは、神の豊かな恵みによるものです。8神はこの恵みをわたしたちの上にあふれさせ、すべての知恵と理解とを与えてくださいました」(エフェソの信徒への手紙1:7-8新共同訳) そして私は、永遠の時を過ごす場所がどこかを知ったのです。「神は、その独り子をお与えになったほどに、世を愛された。独り子を信じる者が一人も滅びないで、永遠の命を得るためである。」 (ヨハネ3:16新共同訳)   しかしその後、牧師はエフェソの信徒への手紙3:16-18を読み上げ、ヨハネ3:16の御言葉をもう一歩進めたのです。「どうか、御父が、その豊かな栄光に従い、その霊により、力をもってあなたがたの内なる人を強めて、17信仰によってあなたがたの心の内にキリストを住まわせ、あなたがたを愛に根ざし、愛にしっかりと立つ者としてくださるように。18また、あなたがたがすべての聖なる者たちと共に、キリストの愛の広さ、長さ、高さ、深さがどれほどであるかを理解し、」 (エフェソの信徒への手紙3:16-18 新共同訳) わあ! ちょっと待ってください。キリストは私を愛してくださり、その愛は聖霊を通して私の内に存在すると言ったのですか?つまり、キリストと永遠に過ごす時まで待つ必要はないということですか?今私が恩恵に預かれる贈り物を、どうして見逃していたのでしょうか? この啓示は、私のクリスチャンとしての歩みに、大きな違いをもたらしました。 キリストが私を愛してくださっているように、自分自身と他人とを愛する能力を与えてくれました。自分を傷つけた人々を赦し、無条件に愛することができるようになりました。それは自分の力ではなく、聖霊を通して私の内に働いてくださるキリストの力によってです。 この説教を聞く数年前、私には人生において傷つき、失望したりする状況があり、そのことで、信者同志の交流から徐々に距離を置くようになっていました。教会の人たちが自分の話を聞いたら、拒絶されるのではないかと恐れ、「本当の自分」をシェアできないと感じていました。しかし、神の愛とその受容という新たな啓示に勇気づけられ、教会のグループに参加することを決意しました。共に自分たちの話を分かち合い、励まし合い、そしてお互いの為に祈りました。私は拒絶されなかっただけでなく、他の人との関係を築くことで多くのことを学ぶことができました。 さて、解剖学と生理学のレッスンはないのか、と思っていませんか?エフェソの信徒への手紙を読んでみましょう。「人の知識をはるかに超えるこの愛を知るようになり、そしてついには、神の満ちあふれる豊かさのすべてにあずかり、それによって満たされるように。」(エフェソの信徒への手紙3:19新共同訳) 神の愛を普遍的なレベルで知ることと、この愛を個人的な真理として受け入れることの間には大きな違いがあります。十字架に磔にされたキリストが、死にゆくこの世へ大きな愛を示してくださったことは、知識として知っています。そしてキリストが復活されたことによって、聖霊があなたの中に宿るように遣わされたことは、あなたの魂で信じるのです。聖霊の力は信仰を高め、あなたがよりキリストのようになり、やがてキリストの目を通して他人を見るようになります。神の愛を知り、信じると、あなたは「神の満ちあふれる豊かさのすべてにあずかり、それによって満たされる」のです。 キリストがどれほどあなたを愛しているか知っていますか? 知識としてだけでなく、あなたの内なる人で?あなたの魂で?キリストの愛があなたにもたらす、豊かさのすべてを受け取っていますか?あなたがそうであるように、私は祈ります。

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心を一つに(その2)

BLOG January 2021 11 主よ、あなたの道を私に教えてください。私はあなたの真理のうちを歩みます。私の心を一つにしてください。御名を恐れるように。(詩篇86:11) 私は、クリスチャンとしての人生は旅なのだと知りました。イエスに人生を委ねると、聖霊が進むべき道を導いてくれるので、私たちはよりイエスのようになれるのです。「ピリピ人への手紙」には、使徒パウロの次のような言葉が書かれています。6あなた方の間でよい働きを始められた方は、キリスト・イエスの日が来るまでにそれを完成させてくださると、私は確信しています。(ピリピ人への手紙1:6) パウロは新しい信者が根気強くよい働きを続けるだけでなく、彼らが聖なるものに変わっていくことにも自信を持っています。 また、旅の途中でそこから逸れてしまう事すべてが、悪いという訳ではないことも知りました。 神に仕えるための良い方法はたくさんあります。 しかし、もし私たちが神が望まれているところで仕えていないのであれば、聖霊が私たちを神の計画に引き戻してくださるのです。 私は高校の生物学の教師を引退した後も、教育技術の会社でコンサルタントを続けていました。 私は教室でテクノロジーをうまく使い、生徒たちを実践的な学びに引き込むことが出来ていたからです。教師たちの教授方法にテクノロジーを盛り込む指導は、彼らの役に立てるものではありました。 しかし、しばらくすると、コンサルタント業への熱が冷めていくのを感じました。私は技術指導を行うために知らない町に飛び、初めての人たちと出会います。しかし、彼らの名前を名札で知るだけで、 次の日のフライトで家に帰るのです。この経験は私を空虚にさせ、もっと多くを望むようになりました。教師たちの技術力向上の手伝いをしていましたが、それは一時的なものでしかないことに気づいたのです。 このブログを書いている今、アメリカはコロナ禍の9ヶ月目に入っています。この状況下で、聖書研究会やフレンドシップ・インターナショナルのクラスを通じ、人々が繋がりを持ち続けられるよう、私はZOOMのテクノロジーを用いる機会を得ました。3月からは、週に1~2時間お互いの人生を分かち合うための集会を開いています。コンサルティングの仕事をしていたときに物足りなかったもの、すなわち「他者とのかかわり」を得ることができだのです。今は人々の人生に恒久的な変化をもたらすため、神が私に与えてくださった能力を活用しています。 今していることは、あなたを虚しい気分にさせていませんか? 神はあなたの人生に「足りないなにか」用意しています。神は次のことに備えて、あなたの中で働いておられます。 神を求めれば、神はあなたに知恵を与えてくださいます。 この新年、心をひとつにして生きることで、あなたの人生に「足りない何か」をみつけることができるでしょうか? 11 主よ、あなたの道を私に教えてください。私はあなたの真理のうちを歩みます。私の心を一つにしてください。御名を恐れるように。(詩篇86:11)

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心を一つに -an undivided heart-(その1)

BLOG December 2020 11 主よ、あなたの道を私に教えてください。私はあなたの真理のうちを歩みます。私の心を一つにしてください。御名を恐れるように。(詩篇86:11新改訳2017,2018) An undivided heart(分かれていない心臓*新改訳では「心を一つに」)についての聖句を初めて読んだ時、私はこう思った。でも、神様は私たちを「区分けされた心臓」で創造されているではないですか!心臓の左側は、酸素を豊富に含んだ血液を大動脈を通って心臓から送り出し、全身の組織に酸素を届け、二酸化炭素を運び出す。酸素の乏しい血液は心臓の右側に戻り、肺に送り出されて酸素を受け取り、二酸化炭素を捨てる。肺からの酸素を豊富に含んだ血液は心臓の左側に戻り、大動脈から全身に送り出される。 平均的な成人の体には6クォート(5.6リットル)の血液があり、1分間に3回体内を循環していると考えられている。 心臓には逆流を防ぎ、血液の流れる方向を変える4つの弁があり、そして心臓の左側と右側を隔てる「中隔」がある。血液が混ざることもなければ、カエルにみられるように、酸素の多い血液と少ない血液が存在するということもない。カエルの心臓は4つではなく3つの部屋に分かれていて、不完全な中隔がある。そのため、カエルは肺と同じく、皮膚を使って酸素と二酸化炭素を交換する必要がある。解剖学的に言えば、区分けされた人間の心臓は、完璧で素晴らしく作られているのだ。 (詳細は下の図を参照) では、なぜダビデは神に「区分けされていない」心臓を求めているのだろうか?ダビデはここで解剖学の話をしているのではない。 ダビデは神に、神の道を示してくれるよう、自分に歩むべき道を教えてくれるよう、頼んでいるのだ。 ダビデは、自分の中にある良いことは自分の外からもたらせていることを知っていた。過去の失敗から、自分の判断に頼ることができないことを理解していたダビデは、神の声を聞く必要があった。そこでダビデは祈ったのだ。完全に神に服従しつつ、その御名を称えて敬意を表すため、彼に「一つの心」を与えてくださるように神に求めたのだ。 あなたの場合は知りませんが、私の人生では、神の道よりも自分の道を選んでしまったことが何度もあった。私は自分の望むことと、神が私に望んでおられることを混同してしまう。私は性急になり、何がベストなのか知っていると思っている。結局のところ、それがアメリカ人のやり方なのだ。そうでしょう? 私たちは自立している!答えを見つけることができる!あなたの経験はどうだったであろうか?個人的には、私にとってこのやり方はうまくいってなかったのである。神に全てを委ねたと感じる時にこそ、自分がコントロールを取り戻そうとしていることに気づく。服従は敗北のように感じることもあるが、実際には自由を得ることなのだ。 この世の中のことと、神様がお望みになることの間で、あなたの心を分けてしまう何かがあるだろうか? 神に祈り、尋ねて欲しい。 あなたの体中に血液が循環するため、完璧な通り道を創造してくださったように、神様はあなたの人生に完璧な道を準備してくださるのだ。 5「心を尽くして主を信頼し、自分の理解に頼ってはならない。6あなたの道はすべて主に従えば、主はあなたの道をまっすぐにしてくださる。 (箴言3:5-6 NIV)

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人体(その2)

BLOG November 2020 16たとえ耳が「私は目ではないから、からだに属さない」と言ったとしても、それで、からだに属さなくなるわけではありません。17もし、からだ全体が目であったら、どこで聞くのでしょうか。もし、からだ全体が耳であったら、どこでにおいを嗅ぐのでしょうか。(コリント人への手紙第一12:16-17新改訳2017,2018) 使徒パウロは最初の18か月間をコリントの信者たちと一緒に過ごし、教会の共同体を築いた。その後も少なくとも2回はコリントを訪問した。またコリントの教会に手紙を書いた。パウロは、自分自身をコリントの人々にとっての父親のような存在であるとし、たとえ矯正や規律が必要な時でも、絶えることなく彼らに愛を示した。この手紙の中で、パウロは教会内の不和を取り上げている。教会内での立場を理由に、自分は他の人よりも優れていると主張するメンバーたちにより引き起こされたものであった。これによって、他のメンバーたちは、教会の共同体の中で自分は役に立ってないとか、必要とされていないと感じていた。 パウロは身体の器官について、神がそれらをどこに配置されたか、その形状と用途を類推を用いて説明している。例えば、目の構造や位置とその用途は、身体にとって必要なものだが、それは耳の構造、配置と用途と同じではない。耳も同じで、その構造、配置と用途は鼻のそれとは違う。しかし三つとも全部、身体が完全体となるには必要なものなのだ。 高校で人体解剖学と生理学を教えていたころ、毎年私のクラスはケンタッキー大学にある、「科学・医療系キャリアのためのアウトリーチセンター」を訪問したものだ。ある時の訪問で、教室の中に、いろいろな人体の標本が一列に並べられたテーブルがあったのを覚えています。話し手は、手袋をはめた手で、脳を持ち上げ尋ねた。「身体のどの部分が“見る”のでしょう?」もちろん生徒たちは一斉に答えた。「目です。」そして話し手は尋ねた。「身体のどの部分が“聞く”のでしょうか?」また、生徒たちは答えた。「耳です。」 話し手は引き続き説明した。目は、身体の中にイメージを取り込むのに完璧に作られてる。しかし、後頭神経により、そのイメージが、視覚を処理する脳の領域へ伝達されなければ、私たちは見ることはできない。同じことが耳にもいえる。耳は身体に音を取り込むのに完璧に作られている。しかし、音は聴覚神経により、音を処理する脳の領域へ伝達される必要がある。そして、あなたが思った通り!鼻と嗅覚も同じ、舌と味覚も同じだ。話し手は脳を持ち上げ、「見たり、聞いたり、嗅いだり、味わったりするのは脳なのだ。」と言明した。 反時計回り: 嗅覚皮質(嗅ぐ 聴覚皮質(聞く)視覚皮質(見る)味覚皮質(味わう)      これらすべての感覚器官が頭に配置されているのは、偶然ではない。もし目が、耳が、鼻や舌が手にあったとしたら?足だったら?身体の形がまるで違うだけではなく、それぞれの役割である、画像、音、匂い、味を捉え、脳へ伝達するのはとても難しくなるであろう。 あなたは今まで、職場や学校、スポーツチームで、あるいは教会内で、自分は他の人よりも大切にされていない、あるいは役にたっていないと感じたことはないだろうか?各器官がそれぞれの見地からの刺激を捉えて脳に伝えるように、グループのメンバーも同様である。各メンバーはそれぞれのユニークなスキルと才能で、組織全体に貢献していまる。「肉の身体」で生きている時は、メンバーは強い愛の絆によって密接に結ばれているべきで、全体にとって善となることが、皆の目的になるべきだ。すべてのクリスチャンは、お互いを頼り、他から助けを得られることを期待し、それを受け入るのである。そこで、身体の中の統一性を考えてみよう。パウロの言葉を、コリント人への第一の手紙12:18-20で覚えておこう。 18しかし実際、神はみこころにしたがって、からだの中にそれぞれの部分を備えてくださいました。19もし全体がただ一つの部分だとしたら、からだはどこにあるのでしょうか。20しかし実際、部分は多くあり、からだは一つなのです。(コリント人への手紙第一12:16-17新改訳2017,2018)